禮儀章 二百六十六嫡・長・賢 ── 子を立つるの常禮底本 下巻 四百十三頁ほか
原文
愚竊按、有父母必有子、子以嗣孫以承、連綿以及萬世者、人倫之大綱也、子有嫡有長、有賢愚、貴嫡者正宗族姓氏之所由明、后妃遞縢之所配也、用長者、順天倫之序、正長幼之道也、用賢者、其器能以任之也、故以嫡庶則在嫡、以長幼則在長、其德其智可覆之、則用賢、是立子之常禮也、國家之世子所其任既重、所其率既衆、況天下之太子乎、然乃建立之禮、不可有苟、是往古神聖或生或及、或措長或撰智、所以不必專常禮也、
訓読
愚竊かに按ずるに、父母あるときは必ず子あり。子以て嗣ぎ孫以て承け、連綿として以て萬世に及ぶは、人倫の大綱なり。子に嫡あり長あり、賢愚あり。嫡を貴ぶことは、宗族姓氏の由りて明らかなるところを正し、后妃遞縢の配するところなればなり。長を用ふることは、天倫の序に順ひ、長幼の道を正すなり。賢を用ふることは、その器能を以てこれに任ずるなり。故に嫡庶を以てするときは則ち嫡に在り、長幼を以てするときは則ち長に在り。その德その智覆ふべきときは、則ち賢を用ふ。是れ子を立つるの常禮なり。國家の世子はその任ずるところ既に重く、その率ゐるところ既に衆し。況んや天下の太子をや。然らば乃ち建立の禮、苟めなるべからず。是れ往古の神聖、或は生じ或は及び、或は長を措き或は智を撰び、必ずしも常禮を專らにせざる所以なり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
更に素行が自分の意見を申し述べますに、親があれば子がその後を継ぎ、また孫がその後を承けるといふことは、いづれの家でも定まつたことであつて、かくの如くにして後の世までもその家が績き、その事業も傳はつて行くのでありまして、これは人間の最も肝要な道であります。ところが子の中にも、正當な妻の生んだ子、或は妾のやうな者の生んだ子といふ區別があり、また年上の者もあれば年下の者もあり、賢い者もあれば愚かな者もあります。そこで同じ子であるならば、正當な妻の生んだ子の方を重んじ、これに依つて家の順序が立つのであります。すなはち天子にも正當な皇后とその他にお仕へする婦人とがあり、その順序を正すことが最も肝要なのであります。同じ正しい妻の生んだ子の中では、年上の者を重んじて年下の者はこれに從ふといふのが自然の順序でありまして、長幼の道はこれに依つて立つのであります。併しながらまた年上の者ばかりを重んじるといふ譯にも行かず、賢い者もあれば愚かな者もありますから、賢い者を重要な地位に任じるといふことは、その家を齊へる道であるのみならず、世の中の政にも大切なことであります。それゆゑ、正當な妻の子と妾の子とを比べれば正當な妻の子を重んじ、年の上下では年上の者を重んじる。しかしながら徳や智に於て年下の者の方が優れて居るやうな場合は、順序を違へても賢い者を用ゐて重要な地位に當らせるといふことが肝要なのであります。かやうに子を選んでその家を繼がせる者を決めるといふことは、人として定まつた常則であつて、決して一身一家のことのみを主とすべきではありません。まして國家の世嗣、すなはち國の天子の位をお承けになる方は、その任ずる所は常に重く、率ゐる所も一國の人民全體でありますから、天子の位を繼がれる方がどのやうな方であるかといふことが、一國の治亂の定まる所となるのであり、最も肝要と申さねばなりません。それゆゑ建立の禮はいい加減であつてはならないのであります。ただし往古の神聖な方々の中には、或は生まれながらにして、或は年長に及んで、或は長幼の序を措いて賢を選び、必ずしも常の禮を専らにしなかつた例もある。これは、常則を原則としつつも、時に應じた判斷がなされ得ることを示すものであります。
解説
此の段は素行の按語で、建儲(世嗣を立つること)に於ける「嫡・長・賢」の三つの基準を説くものであります。嫡(正妻の子)を貴ぶのは宗族・姓氏の筋目を明らかにするため、長(年長者)を用ゐるのは天倫の序に從ふため、賢(徳・才の勝れた者)を用ゐるのはその器量に相應しい任を與へるためであるとし、原則としては嫡・長を重んじつつも、徳や智が特に優れて居れば順序を違へて賢を用ゐるべきだと説きます。同時に、往古の聖賢の中には必ずしもこの常禮に依らなかつた例があることにも觸れ、常則と臨機の判斷の兩方が必要であることを示して居ります。
禮儀章 二百六十七多くは唯だ中人のみ ── 建儲と論敎と相持し扶翼して以て正す底本 下巻 四百十六頁ほか
原文
夫皇太子者、受天下之重職、爲億兆之君師、安危治亂繫之、其高明也、其寬悠也、其博厚也、共畜而后可堪三器之任、抑欲撰其人、則無蚤建之定、欲盡其計、則君父亦不可知其終、故蚤立嫡長之序、定國本、而論敎相持扶翼以正、可謂建儲之大禮也、凡上智與下愚不可移、而亦不易得、多唯中人而已、中人之才必由所慣習薫陶、變其氣質、建儲而不謹於論敎、則錯諸宴安、知諸深窓、所以蕩其志愚其質、而非以君德之溢、豈是子子之謂乎、未有如此而知治平之實者矣、
訓読
夫れ皇太子は、天下の重職を受け、億兆の君師と爲り、安危治亂これに繫る。その高明なるや、その寬悠なるや、その博厚なるや、共に畜へて而して后に三器の任に堪ふべし。抑もその人を撰ばんと欲すれば、則ち蚤く建つるの定めなし。その計を盡さんと欲すれば、則ち君父も亦その終を知るべからず。故に蚤く嫡長の序を立てて國本を定め、而して論敎相持し扶翼して以て正す。建儲の大禮と謂ふべきなり。凡そ上智と下愚とは移らず、而も亦得易からず。多くは唯だ中人のみ。中人の才は必ず慣習薫陶するところに由りて、その氣質を變ず。建儲して論敎に謹まざれば、則ちこれを宴安に錯き、これを深窓に知らしむ。その志を蕩かしその質を愚にする所以にして、君德の溢るるを以てするにあらず。豈にこれ子を子とするの謂ならんや。未だかくの如くにして治平の實を知る者あらず。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
まことに皇太子となれば「天下の重職」であつて、天皇の御位をお承けになつて「億兆」すなはち一般人民の上に立ち、また人民を教へ導く大任にお當りになるのでありますから、この皇太子の人物如何に依つて、一國が治まるか亂れるか、太平が永く績くか危くなるかが定まるのでありまして、洵に最も大切な地位であります。それゆゑ非常に高い徳も具はらねばならず、明かなる智も具はらねばならず、また御心が宜しく、平生のなさることも萬民の手本となるやうでなければなりません。これらを併せ具へられて、初めて三種の神器を承けて天子の御位にお即きになるだけの資格が具はるのであります。ところがその人を選んで成るべく徳の高い方をと思つて居ると、早く皇太子を定めるといふことが難しい。また早く定めようとすると、その人物を選ぶ暇がないかも知れない。理想を言へば、早く皇太子をお定めになつて國家の根本を定め、また皇太子となるべき方に充分な教養をお與へになつて、徳も智慧も具はるやうになされば、これは申し分のないことであります。そもそも生まれつき非常に優れた者は後になつて變ることはなく、どうしようもない愚かな者も、如何に教育を與へてもその性質を變へることは出來ません。併し、さやうな兩極端は稀れで、大多數は中位の者であります。この中位の者は、教へれば賢くなるし、教へなければ愚かになる。すなはち平生の習慣、また教養の如何に依つて、その天性が變つて行くのであります。それゆゑ、世嗣となる方が定まつた以上は、これに充分な教養を與へることが大切なので、若し教養を與へずに唯だ重要な地位に置くだけであれば、平生が安逸に流れ、御殿の奥に引きこもつて多勢の者にかしづかれて居るうちに、つい氣が弛んで、生まれつき愚かでない人も自然に愚かになつてしまふといふことも、已むを得ないのであります。これでは一國の君主たる徳を成就することは出來ません。世嗣を立てて教へ諭すことを愼まなければ、これを安逸に置き、深窓に閉ぢ込めることになり、その志を蕩かしその質を愚かにする所以であつて、君徳の溢るるを養ふ道ではありません。かやうであつて、どうして子を子として遇したと言へませうか。未だかやうにして治平の實を知つた者はないのであります。
解説
此の段は素行の按語で、皇太子といふ地位の重さと、それゆゑに論敎(教育)を疎かにしてはならないことを説くものであります。上智と下愚とは移らないが、大多數の「中人」は習慣・薫陶に依つてその氣質が定まるとし、世嗣を立てながら教育を愼まなければ、却つてその志を損ひ、その質を愚かにしてしまふと戒めます。小林はこれを承け、生まれつきの賢愚に頼らず、平生の教養の積み重ねこそが人物を成すといふ趣旨を敷衍して居ります。