| 色つきの文字=出典引用(タップ/ホバーで説明)

中朝事實 小林一郎 講義 三十六(神治章 その五)

山鹿素行 原著 小林一郎 講述 ── 治亂は公私の間にあり、大物主神・事代主神、三穗津姫を娶る、封建の始 原文・訓読・講義・補注の四層

この読本について

小林一郎 講義本『中朝事實』の第三十六冊。神治章の第五分冊(底本 下巻 百二〜百六頁)を収めます。前冊(その四)の末尾で崇神天皇「天下を公にするの詔」への按語(謹按。人君私大寶。……)を承け、この冊ではまず「治亂の要」と題して公私の別が治乱を分かつという主題を、宴安・聲色・君主の孤立という角度からさらに深く敷衍します。後半では全集版js10「封建の義」に相当する、大物主神・事代主神が八十萬神を率いて天に昇り、三穗津姫を妻として賜る記事へ進みます。

この冊の読みどころ(一)。「抑々人君たる者が其の國を平かに治めることが出來るか、或は治めることが出来ないかといふことの異ひは公私といふことに依つて定まる」──前冊の按語で説かれた公私の別を、佞臣が進んで賢者が遠ざけられる過程、贅澤と聲色が分別を狂わせる過程、群臣の諫めを聞かず人君が孤立してゆく過程として、具体的に描き出します。結びは「多勢の人の上に立つ人は何時でも公私の別を辨へて……」と、國家統治に限らぬ一般原則にまで敷衍されます。

この冊の読みどころ(二)。後半の「大物主神。及事代主神。乃合八十萬神於天高市。」は全集版js10とほぼ同文ですが、主語の立て方が異なります──全集版が高皇産靈尊のみを主語とするのに対し、小林本は大物主神・事代主神の両者を主語とします。続く謹按(是命封建之義也……)も、大物主神の子孫(天日方奇日方命・媛蹈鞴五十鈴媛命、綏靖天皇の母)についての系譜情報を独自に追加しており、その一で触れた大三輪神社の由来とも響き合います。

四層の構成。「原文」は小林本の漢文(山鹿素行全集版の対応節 中朝事実_6.html(js10)と照合して確認しました)、「訓読」はその読み下しに総ルビを補ったもの、「現代語訳」の欄には小林一郎の講義そのものを現代表記に直して全文収めています。「解説」は新たに書き加えた補注です。

翻刻について。底本は小林一郎講述『中朝事實』下(皇國精神講座、影印)です。旧字・旧仮名の原本からの文字起こしで、なお誤りが残っている可能性があります。

色分けの凡例

『日本書紀』(本文・一書)本朝の古典(古語拾遺・舊事本紀・元々集ほか)漢籍(易・書・詩・論語・孟子ほか)制度・地理・故事

主要語彙集

諤諤(がくがく)
正しいことを本にして遠慮なく諫めること。直言。
卓爾(たくじ)
人並みはずれて秀でて立つこと。ここでは人民の上に立つ意で用いられる。
封建(ほうけん)
有力な人に土地を与え、君主の輔佐とすること。小林はこの起源を大物主神の物語に見る。
懇欵(こんくわん)
まごころ、誠意。「誠欵」と同義で用いられる。
藩屏(はんぺい)
王室を守り支える垣根。転じて、王室を守護する諸侯・氏族。

登場する神・人物

小林一郎(こばやしいちろう)
一八七六〜一九四四。漢学者・国文学者。二松学舎に学ぶ。『皇國精神講座』を主宰し、『中朝事實』のほか多くの古典を講義した。この読本の講義部分の著者。
山鹿素行(やまがそこう)
一六二二〜一六八五。『中朝事實』の著者。寛文九年(一六六九)、赤穂配流中に本書を著した。
大物主神(おほものぬしのかみ)
三輪山の神。天孫降臨に先立ち、事代主神とともに八十萬神を率いて天に昇り、高皇産靈尊の娘・三穗津姫を娶った。またの名を大和三輪神という。
高皇産靈尊(たかみむすびのみこと)
天孫降臨を主導した神。娘の三穗津姫を大物主神に配して、八十萬神を永く皇孫の藩屏とさせた。

神治章 四十二治亂は公私に依つて定まる底本 下巻 百二頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)

訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
抑々人君たる者が其の國を平かに治めることが出來るか、或は治めることが出来ないかといふことの異ひは公私といふことに依つて定まるので、人君が己れの私を棄てて、國の事のみを考へれば、其の國はよく治まり、人君たる者が私を圖れば其の國は亂れて來る。要するに治亂といふことの分れる所は、公私の何れかに依つて定まるものであると、斯う考へなければならぬのであります。

解説
前冊kj38の按語「蓋人君之治道。在公私之間。」を承け、欄外見出し「治亂の要」のもとに、公私の別が治乱を分かつという主題をさらに深く敷衍する段。前冊が按語の逐語的な敷衍であったのに対し、本段以降は公私の対比を具体的な過程として描き出す。

神治章 四十三佞臣進みて賢者疎んぜらる底本 下巻 百二頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)

訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
若し君主たる者が其の富貴であることを恃みにして、其の一身の安樂ばかりを圖るといふことになれば、佞臣が進んで君主の意を迎へて一身の榮達を圖るといふ者ばかりが多くなつて來ます。さうなれば正しい事を言つても、逆も用ひられないといふことになるから、勝れた者は日に疎くなつて、大概は世の中を離れて山の中にでも隱れるとか、或はそれ程でなくても、まづ自分の意見は言はないで、其の目を無事に通れば宜い、といふやうな心になるものであります。斯うなれば國といふものは決して盛んにはならないのであります。詰り君主が私の心持を慕らせれば、國といふものは盆々衰へて行くことは明かであります。

解説
前冊kj38の「苟以富貴奉一身。則佞臣進。而賢良日疏。」を敷衍する段。富貴を恃む心が佞臣を呼び込み、賢者を野に退かせる過程を具体的に描く。

神治章 四十四贅澤と聲色の害底本 下巻 百二〜百三頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)

訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
ところが勤もするといふ天子が出るので、「四海を有つて」萬民の上に立ちながら、自分の地立は安樂である、どんな贅澤でも出來るといふやうな考へから、ツイ分別が狂つて來る。殊にまた「聲色」といふのは、いろいろな美しい物を見るとか、或は面白い音樂を聽かうと思へば聽けるといふやうなことから、ツイツイ其の贅澤に馴るゝものであるから、之が爲にも分別が盆々亂れて來る。眼はあつても物が明かに見分けられず、耳はあつても物の本當の聲が聽えないといふやうになつて來る。人間は欲を恣にすれば、何處までも其の思慮分別といふものが暗くなつて行くものであります。

解説
前冊kj38の「富有四海。宴安狂其心。聲色聾其耳目。」を敷衍する段。富貴と安逸が分別を狂わせ、贅澤と聲色が耳目を実際に塞いでゆく過程を、感覚の麻痺として具体的に説く。

神治章 四十五君主の孤立底本 下巻 百三頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)

訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
斯ういふやうに間違つた考へで君主の位を保つて、祖先のことをも考へないし、また「黎元」といふのは人民一般のことでありますが、人民一般の幸福といふことも考へないで、さうして臣下の中に「諤々」といふのは、正しいことを本にして少しも遠慮なく諫めることでありますが、其の臣下の諫めも聽かないといふことになると、どうしても人民の心が皆離れて行きますから、そこで「卓爾する」といふのは人民の上に立つことでありまして、本當に人民の上に立つて其の位を保つて行くといふことは出來なくなるのであります。其の根本は何處に在るかと言へば、公私の別を辨へないといふ所に在るので、心一つの誤りが凡ての禍ひの因になるのであります。若し上に立つ人がさういふ風に心得違ひをして來ると、其の結果は四海の困窮となつて、人民が皆其の所に安んじ得ないといふ狀態になるのであります。

解説
前冊kj38の「不顧祖宗黎元之重。不因群臣謗諫之難。殆難卓於玆間。」を敷衍する段。標題「君主の孤立」の通り、祖先と人民とを顧みず、臣下の直言をも聞かない君主が、次第に人民の心を失って孤立してゆく過程を描く。

神治章 四十六治亂は君主の心一つに定まる底本 下巻 百三頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)

訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それであるから國が安らかになるか、また亂れて來るかといふことは、全く上に立つ君主の心一つに依つて定まるといふべきで、これは實に微妙なものであります。それであるから上に立つ人は何時でも自分の心の持ち方一つが國の運命を決するのだと考へて、少しも心に弛みを生じないやうに、常に自ら反省するといふことを怠らないやうにしなければならぬのであります。先づこれが國を治める所の大體を申したのでありますが、決して一國を治めるばかりが此の通りだといふ譯ではないので、一家を治めるのも此の通りであり、また一つの事業を經營するのも此の通りでありますから、多勢の人の上に立つ人は何時でも公私の別を辨へて、さうして皆の幸福といふものを主として物事を考へるといふ心掛けを失はないやうにすることが最も肝要なのであります。

解説
前冊kj38の結び「天祿之安危。其機微哉。」を承け、「治亂の要」全体を締めくくる段。國家統治という枠を超えて、一家の運営・一事業の経営にも通じる一般原則として敷衍している点に注意。次段からは全集版js10に相当する封建の記事へ進む。

神治章 四十七大物主神・事代主神、八十萬神を天高市に合む底本 下巻 百四頁
原文
大物主神。及事代主神。乃合八十萬神於天高市。帥以昇天。陳其誠欵之至。于時高皇産靈尊勅大物主神曰。汝若以國神爲妻。吾猶謂汝有疏心。故今以吾女三穗津姫。配汝爲妻。宜領八十萬神。永爲皇孫奉護。乃使還降之。

訓読
大物主神おほものぬしのかみおよ事代主神ことしろぬしのかみすなは八十萬神やそよろづのかみ天高市あめのたけちあつめ、ひきゐてもつあめのぼりて誠欵まこといたれるをまうす。とき高皇産靈尊たかみむすびのみこと大物主神おほものぬしのかみみことのりして、なんぢ國神くにつかみもつつまとせば、吾猶われななんぢうとこころありとおもはん。ゆゑ今吾いまわむすめ三穗津姫みほつひめもつなんぢあはせてつまさんと。よろしく八十萬神やそよろづのかみひきゐて、なが皇孫すめみまためまもまつれと。すなはかへくだらしむ。

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
大物主神と事代主神は、八十萬の神々を天高市に集め、率いて天に昇り、その真心の限りを申し上げた。そのとき高皇産靈尊は大物主神に勅して仰せられた。「そなたがもし国つ神を妻とするならば、わたしはなおそなたに隔てる心があると思うだろう。だから今わが娘の三穗津姫を、そなたに配して妻としよう。八十萬の神々を領して、永く皇孫のために守り仕えよ」。そうして還し降された。

解説
全集版js10「封建の義」(中朝事実_6.html)とほぼ同文の記事。ただし冒頭、全集版が「高皇産靈尊乃合八十萬神於天高市」と高皇産靈尊のみを主語とするのに対し、小林本は「大物主神。及事代主神。乃合八十萬神於天高市。」と大物主神・事代主神の両者を主語とする点が異なる。八十萬神を率いて天に昇り誠意を尽くしたのが誰かという視点の違いである。

神治章 四十八大物主神の至誠底本 下巻 百四頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)

訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
次には大物主神と事代主神とが此の日本の國土を安らかに經營して、其の結果の現はれたことを記されて居るのであります。皇孫がお降りになる時に、此の國が平穩に治まるやうにと、豫め天照大神を初めいろいろの神が御心配になつたといふことは前に申した通りであります。此の思召に基いて大物主神や事代主神が此の日本の國土を皇孫に獻ずる決心をして、皇孫の御降りになる前に國土を出來るだけ平かにするやうに力をお盡しになり、其の效果が充分に現はれたものでありますから、そこで澤山の神を天高市といふ其の時分の日本の國の中心たる地方に集めて、それから此の多勢を引連れて、此の國土が愈々平和になつたといふ御報告に參つた譯であります。さうして「其の誠欵を陳す」といふのは、これだけ努力して、遂に日本の國土が平和になりました、決して自分達の利を圖つたといふことについては少しもない、全く皇孫をお迎へ申す爲にこれだけの努力を致したのであるといふことの御報告を申し上げたのであります。

解説
kj47の前半「乃合八十萬神於天高市。帥以昇天。陳其誠欵之至。」を敷衍する段。八十萬神を集めて天に昇った目的が、私利のためではなく、もっぱら皇孫を迎える準備が整ったことの報告のためであったと説く。

神治章 四十九三穗津姫を妻として賜ふ底本 下巻 百五頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)

訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
其の時に高皇産靈尊が大物主神に仰せられるには、それは洵に結構であつた。併し若しお前が此の日本の國土に昔から居つた者を妻とするならば、まだお前は自分達を隔てる心があると思ふであらう。それであるから眞にそれほどの誠心があるならば、一つ自分の家と結婚をして、さうして何時までも睦み合つて行くといふ心持を示すやうにしたが宜しからう。自分に三穗津姫といふ女があるから、此の女をお前に妻として與へよう。それでお前と自分の家族とが親戚の關係になるならば、自分の方もお前を愈々頼みにするし、お前の方も一層誠心を盡す張合ひがあるわけであらうから、斯ういふやうに取計らう積りである。就いては此の結婚といふことが濟んで後に、またお前は多勢の者を率ゐて日本の國土に歸つて、さうして皇孫をこれから降すのであるから、此の皇孫の爲に永く國を護るやうに力を盡すが宜しい。斯ういふことを仰せられて、此の事が濟んで後にまた日本の土地に還してお遣はしになつたといふことであります。

解説
kj47の後半「汝若以國神爲妻。吾猶謂汝有疏心。故今以吾女三穗津姫。配汝爲妻。」を敷衍する段。国つ神を妻とすることがなぜ「疏き心あり」と見なされるのか、婚姻によって隔ての心を除くという趣旨を丁寧に説く。

神治章 五十和を以て貴しと爲す底本 下巻 百五頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)

訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
これは詰り高皇産靈神が協力一致の大切であるといふことを認められた結果なのでありまして、どうしても人々の心が一致しなければ、成績を擧げることの出來るものではないのであります。後に至つて聖德太子が「和を以て貴しと爲す」と仰せられたのも、全く此の御趣意であります。それで「和を以て」といふことは聖德太子が新たに仰せられたことでありますけれども、其の御精神はこゝにありますやうに、神代から旣に重んじられたものであります。詰り君主たる方が人民の爲めといふことばかりをお考へになり、また君主を輔ける人々も國の爲め、人民の爲めといふことを考へて、皆が私を棄てる心持になれば、協力一致といふことは必ず出來るのでありまして、其の結果が國の大なる發展となるのでありります。此の事が卽ち此の高皇産靈尊のお計らひに於ても、旣に明かに現はれて居ると見るべきであります。

解説
三穗津姫を大物主神に配した高皇産靈尊の計らひを、聖德太子「和を以て貴しと爲す」(十七条憲法)の精神の淵源として位置づける段。全集版js10には無い、小林独自の敷衍である。神教章その六で引かれた「その揆一なり」の主題(外朝と我れと)とはまた別に、日本の歴史の中で精神が受け継がれてゆく連続性を示す例として読める。

神治章 五十一謹按 ── 封建の義底本 下巻 百六頁
原文
謹按。是命封建之義也。大物主神其子凡有一百八十一神。以經營天下。百姓大蒙其恩賴。其功甚大也。天孫降臨之時。帥八十萬神。以昇天。叩其懇欵。故天神封建之。永爲皇孫之藩屏。以奉護皇家也。是大神(又曰大和三輪神也)之孫。大盛此國也。(事代主神生一男一女。天日方奇日方命。橿原朝爲食國政申大夫。媛蹈鞴五十鈴媛命爲正后。乃綏靖帝母也。)

訓読
つつしんであんずるに、封建ほうけんめいずるのなり。大物主神おほものぬしのかみおよ一百八十一神ひやくやそあまりひとはしらのかみあり。もつ天下てんか經營けいえいし、百姓おほみたからおほい恩賴おんらいかうむり、功甚こうはなはおほいなり。天孫降臨てんそんかうりんとき八十萬神やそよろづのかみひきゐてもつてんのぼり、懇欵こんくわんたたく。ゆゑ天神之あまつかみこれ封建ほうけんしてなが皇孫くわうそん藩屏はんぺいし、もつ皇家くわうけまもたてまつらしむるなり。大神おほみかみまた大和やまと三輪神みわのかみふなり)のまごおほいくにさかんなり。(事代主神ことしろぬしのかみ一男一女いちなんいちぢよむ。天日方奇あめのひがたくし日方命ひがたのみこと橿原かしはらてう食國政申大夫をすくにまつりごとまうすだいぶり、媛蹈鞴五十鈴媛命ひめたたらいすずひめのみこと正后さいこうす。すなは綏靖帝すゐぜいていははなり。)

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
つつしんで考えてみるに、これは封建を命じたということである。大物主神には、その子がおよそ百八十一神あった。これによって天下を経営し、人民は大いにその恩恵をこうむり、その功績はきわめて大きい。天孫降臨のとき、八十萬の神々を率いて天に昇り、その真心の限りを尽くした。だから天つ神はこれを封建して、永く皇孫の藩屏とし、それによって皇家を護らせたのである。これは大神(また大和三輪神ともいう)の孫であり、大いにこの国に栄えた。(事代主神は一男一女を生んだ。天日方奇日方命は、橿原の朝廷で食国政申大夫となり、媛蹈鞴五十鈴媛命を正后とした。これがすなわち綏靖天皇の母である。)

解説
全集版js10の謹按(中朝事実_6.html)とは、文言・構成にかなりの異同がある。全集版は「大物主神其子凡有一百八十一神、以經營天下、百姓大蒙其恩顧、故天神降臨、飾八十萬神、以昇天、其功甚大也、皇孫之藩屏、是爲大盛、此國也」という順序で結ぶのに対し、小林本は「天孫降臨之時。帥八十萬神。以昇天。叩其懇欵。故天神封建之。」と続けたのち、さらに事代主神の子孫(天日方奇日方命・媛蹈鞴五十鈴媛命、綏靖天皇の母)についての系譜情報を独自に追加している。この系譜への言及は、その一kj10で触れた大三輪神社の由来とも響き合う。

神治章 五十二封建の始底本 下巻 百六頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)

訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
素行が更にこれに言葉を添へて申しますには、此の大物主神が高皇産靈尊の御姫樣を妻として頂いて、それから此の國の重要な地位を得たといふことが、卽ち封建といふことの始めと見るべきである。「封建」といふのは或る有力な人に土地を與へて、さうして此の國の君主の最も有力なる輔佐とするといふ意味であります。斯ういふやうにして有力なる人が帝室をお助け申すといふことが、卽ち國の安定を来す本になるのであります。

解説
kj51の謹按「是命封建之義也」の一語を、小林が定義として説き明かす段。有力な者に地位・役割を与えて君主の輔佐とすることが「封建」の本義であるとし、その五の結びとする。次冊(その六)では、大物主神の多くの子たちが天下を経営し人民がその恩恵をこうむったという系譜の続きから、封建がどのように広がっていったかを見る見込みである。