神治章 二十二一體萬民の上に立つ者底本 下巻 九十一頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
一體萬民の上に立つ者が凡ての制度を立てるに當つては、必ず其の時に隨はなければならぬ。昔から傳はりたる事でも、善いことは何處までも守つて行つて宜しいけれども、改むべきことは改めるのが當然なので、根本は人民の爲めといふことであります。何時までも昔からある事だからといつて之を墨守して行く必要はない。根本は人民の爲めといふことであつて、人民の爲になることならば、改むべきものは改めて少しも差支へない。「聖造」といふのは天子様の御働きといふことでありますが、天子様は人民の爲めといふことを何時でも考へて、昔からの習慣でも續けて宜しいものは續けて宜しいのであります。改むべきものは改めて行つて少しも差支へないといふのであります。
解説
「大人立制。義必隨時。苟有利民。何妨聖造。」(前冊kj19、js06の詔の一句)を、小林が敷衍する段。制度は昔からのものだからと墨守すべきではなく、民の利益を基準に改めてよいという原則が、次段以降の建都の具体的な物語の前提として示される。
神治章 二十三皇居造営と卽位の御決意底本 下巻 九十一頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
就いては此の際に於て天子の住む所の皇居を造つて、これを以て皆に手本を示したいと思ふから、其の材料を探る爲に山にある所の林を切り開いて、其の林を切り開いて得た所のものを材料として御殿を造つて、さうして其處に於て卽位の式を擧げ、天皇の御位に卽いて「元元」といふのは凡ての人民のことで、凡ての人民を治めて行かうと思ふ。斯の如くにして凡ての制度を整へて國をよく治めて行つたならば、天照大神の皇孫を降された御趣意といふものも全うされるので、卽ち天照大神の御德に答へるといふことも必ず出來やうと思ふ。
解説
kj19の詔にある「且當披拂山林。經營宮室。而恭臨寶位。以鎭元元。」を、神武天皇御自身の決意として敷衍する段。宮室の造営が、単なる体裁のためではなく「皆に手本を示したい」という教化の意志から発したものと読み解く。
神治章 二十四六合を兼ねて都を開き、八紘を掩ひて宇と爲す底本 下巻 九十一〜九十二頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
また皇孫が此の國にお降りになつて以來、九州地方に於て正義を本として國をお治めになつた、其の御心持を大いに弘めて、これより日本全國に及ぼして、國中が正しく治まるやうに、國民が皆其の處に安んずるやうにしてやることも出來やうと思ふ。斯うなれば洵に滿足で、卽ち此の國に皇孫がお降りになつたといふ御精神が全うされるのであるから、卽ち「六合」といふのは、國中といふ意味で、國中盡く平定して、其の中心として都を開き、「八紘」卽ち天下を悉く「宇と爲す」といふのは、卽ち世の中の凡ての者が皆平和に幸福になるやう治めてやるといふ、此の理想を持つて萬民の上に立たうと思ふ。就いては皆の者も力を盡して此の事業を行けるやうにしてやらなければならぬ。
解説
kj19の詔の結び「然後兼六合以開都。掩八紘而爲宇。不亦可乎。」の「六合」「八紘」「宇」の三語を、順に敷衍する段。小林は「八紘爲宇」を対外拡張の語としてではなく、「世の中の凡ての者が皆平和に幸福になるやう治めてやる」という理想として読み解く。次段(kj25・kj26)で、この理想がさらに「武力による威圧ではない」という形で明確化される。
神治章 二十五民を寶とする心・八紘為宇の意味底本 下巻 九十二頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
また人民のことを此處には「元元」といふ漢字で書いてありますけれども、「おほみたから」と訓ませてありますので、卽ち民を寶とするといふ心持がこゝに明かに現はれて居るのであります。それから「宇と爲す」といふことは、ただ此處に住むといふことだけの意味ではないので、力づくで他の國を壓迫して、自分の勢力を示さうといふやうなことではないのであります。凡ての者を保護し、凡ての者が皆其の處に安んじ、凡ての人が皆滿足して、皆幸福に永く銘々の事に力を盡して行けるやうにしてやらなければならぬ。これが建國の初めの御精神でありますから、國民たるものも皆安全なのであります。
解説
「元元」を「おほみたから」と訓ませる字訓に注目し、民を宝とする心をそこに読み取る。また「八紘爲宇」を、他国を武力で圧迫して勢威を示すことではなく、すべての者を保護し安んずることだと明言する点が眼目である。
神治章 二十六正義の國・驕らざる心底本 下巻 九十二〜九十三頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
今まで我が國が正義の國であるといふことは、國民各自が信じて居るのみならず、建國以來の凡ての事實に依つて、世界の何れの國でもこれを疑ふことは出來ないのであります。併し兎角に人間といふものは心の驕り易い者でありますから、日本は實に世界に類のない立派な國であるといふことを皆が認めるやうになりますと、動もすれば其の成功に誇るといふやうな者が出ないとも言へないので、そこの所はお互ひに戒めるが上にも戒めて參らなければならぬのであります。さうして何處までも世界中が幸福になるといふことを理想として參りますならば、此の誠心を以て今日に反抗して居る所の國々をも動かして、やがて世界に敵といふものはなくなつて、共に親しみ合ひ、共に力を添へ合ふといふ時の來るといふことは疑ひがないのであります。今日の場合に於て、特に吾々は此の點に深く意を用ひなければならぬと考へられるのであります。
解説
建國の理想を語りながら、それに驕ってはならぬという戒めを重ねる段。前冊(その二)kj15〜kj18で説かれた「盈つれば虧く」「謙德」の主題が、ここで建國の誇りという具体的な文脈に応用されていることに注意。「今日の場合に於て」という一句に、この講義がなされた当時の国際情勢を踏まえた小林自身の時局的な意識がにじむ。
神治章 二十七大人・制・義・利民・聖造の定義底本 下巻 九十三頁
原文
謹按。是人皇定中國建極。詔治道之始也。大人者聖人居位之稱也。制者禮樂刑政之制也。義者損益沿革品節其道也。利民者人民樂其樂。利其利云也。聖造者天祖皇孫所建之道也。
訓読
謹みて按ずるに、是れ人皇中國を定め極を建て、治道を詔するの始なり。大人とは聖人位に居るの稱なり。制とは禮樂刑政の制を云ふなり。義とは損益沿革の道を品節するなり。民を利するとは人民其の樂しみを樂しみ、其の利を利とするなり。聖造とは天祖皇孫の建つる所の道なり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
つつしんで考えてみるに、これは人皇が中國を定め極を建てて、統治の道をお示しになったはじめである。「大人」とは聖人が位に居ることをいう名である。「制」とは礼楽刑政の制度をいう。「義」とは損益沿革の道を程よく整えることをいう。「民を利す」とは人民がその楽しみを楽しみ、その利益を利益とすることをいう。「聖造」とは天祖・皇孫の建てられた道をいう。
解説
冒頭の「謹按。是人皇定中國建極。詔治道之始也。」は、全集版js06(前冊kj19)の結びの謹按と同文であり、その二からその三への橋渡しとなっている。続く「大人・制・義・利民・聖造」の五つの定義は、全集版js07(中朝事実_6.html)とかなり異なる。とりわけ「聖造」を独立した定義として立てる点、そして「利民」を「品節其道也」(その道に程よく区切りをつけること)ではなく「人民樂其樂。利其利」(人民が楽しみを楽しみ、利益を利益とすること)と定義する点は、小林本独自の力点である。抽象的な統治技術の定義から、人民の実感そのものへと重心が移されている。
神治章 二十八帝、民の心を以て心と爲す底本 下巻 九十三〜九十四頁
原文
蓋天下之治必有時。不知時。則非大人之道。天祖皇孫永悠之際。雖土中既定天下大造。運在洪荒。唯養正於西偏。以待皇孫嗣興之時而已。帝勃起而經綸之。初制中州。當此時。非義必隨時。不得急務之實。故下詔臨寶位。隨時之義大矣哉。帝恆授國養正之志。以民心爲心。是乃爲民之父母也。萬世以此聖詔立制。乃不謬天下之志蒼生乎。
訓読
蓋し天下の治には必ず時あり、時を知らざれば則ち大人の道に非ず。天祖皇孫永悠の際、土中既に定まり天下大いに造ると雖も、運洪荒に在り、唯だ正を西偏に養ひ、以て皇孫嗣興の時を待つのみ。帝勃起して之を經綸し、初めて中州を制す。此の時に當りては、義必ず時に隨ふに非ずんば、急務の實を得ず。故に詔を下して寶位に臨む。時に隨ふの義大いなる哉。帝恆に國を授け正を養ふの志、民の心を以て心と爲す。是れ乃ち民の父母爲るなり。萬世此の聖詔を以て制を立つ。乃ち天下の之蒼生に謬らざるを志すや。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
思うに天下の統治には必ず時というものがあり、時を知らなければ大人の道ではない。天祖・皇孫の永く久しい時代には、国土はすでに定まり天下は大いに治まっていたけれども、時運はまだ荒れたなかにあって、ただ帝統を西の一隅に養い、皇孫が興られる時を待つのみであった。天皇が勃然と起こってこれを経営し、はじめて中州をお定めになった。この時にあたっては、義が必ず時に従うのでなければ、急務の実をあげることができない。だから詔を下して宝位に臨まれた。時に従う義の大いなることよ。天皇は常に国を授かり正しさを養う志をもって、民の心をご自分の心となさる。これがすなわち民の父母たるゆえんである。万世この聖なる詔をもって制度を立てるならば、天下が人民の思いに背かないことを志すものといえよう。
解説
全集版js07の後半(「蓋天下之治、必有時」以下)とほぼ同主題だが、字句は所々異なる。「帝恆授國養正之志。以民心爲心。是乃爲民之父母也。」の一句は、次冊で扱う予定の全集版js08「豈爲一身乎」(皇位は私のものではない、という崇神天皇の詔)を先取りするかのような内容であり、神治章全体を貫く「公」の思想がここに現れている。
神治章 二十九皇國の大方針底本 下巻 九十四頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
素行がこれに就いて自分の意見を附加へて申しますには、此の神武天皇が御卽位に先だつて詔を下されて、大體我が國の進むべき道をお示しになつたといふことが、卽ち人皇の世に於て國の基礎をシツカリと定めて、さうして此の國の方針を立てられ、また國を治めて行く所の道をお示しになつた初めと申すべきであつて、此の御趣意に基いて歴代の天皇は皆此の國をお治めになる爲に力をお盡しになつたものと考へられるのであります。此の詔の中に「大人」と仰せられたのは、卽ち聖人と謂はれるやうな御德をお具へになつて、帝王の位を繼いでいらつしやる方のことを申すのであります。
解説
kj27冒頭の「大人者聖人居位之稱也」の定義を、小林が具体的に敷衍し始める段。神武天皇の建都の詔を、単なる一事跡としてではなく「皇國の大方針」──歴代天皇が国を治める基本方針の宣言として位置づける。
神治章 三十禮樂刑政の説明底本 下巻 九十四〜九十五頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それから「制を立つる」とありますが、「制」は法律制度を定めたり、それから經濟の組織を立てることを言ふので、今では「政」といふ字は「行政」などといふ言葉になつて、卽ち政治を行ふことだけを意味するのでありますが、支那の昔に言はれた「政」といふのは、詰り世の中を治める大體の道を言ふので、これを支那の言葉で言へば「禮樂刑政」といふことになるのであります。「禮樂」といふのは詰り人間の道を教へることをいふので、禮と申してもたゞ形に現はれる禮だけを言ふのではなく、樂と言つても樂器を以ていろいろな曲を奏することを言ふのではないので、「禮樂」といふものが卽ち精神的の教への全部を含んで居るのであります。それから「刑政」といふのは極めて肝要なので、これらが皆此の「刑政」といふ中に含まれるのであります。それですから禮樂刑政の四つが揃へば、國を治める道に於て遺憾がないといふ譯であります。此の禮樂刑政を定めるといふことを神武天皇の詔には「制を立つる」と仰せられて居ります。
解説
kj29に続き、「制」の一語を「禮樂刑政」という支那由来の四分類で説き明かす段。神武天皇の「制を立つる」の一句が、単なる建物の造営ではなく、教化・法律・経済にわたる統治制度の総体を指すことが明かされる。
神治章 三十一義・利民・聖造の説明底本 下巻 九十五〜九十六頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それから「義」といふのは此の禮樂刑政を立つるに就いて宜しきに適ふやうにするといふことであります。「損益沿革」といふのは、其の場合に依つて、以前にあつたことも改めなければならぬことがあり、また新しく增さなければならぬこともありますので、其等の事は皆其の時の宜しきに適うて定められなければならないのであります。斯ういふやうに時の宜しきに從つて法律制度を定め、また人民を教へ導く所の方法を立てられるのは何の爲めかと言へば、これに人民が皆滿足して毎日を送ることを目的とするので、これを「民の樂しみを樂しみ、其の利を利する」と仰せられてあるのであります。卽ち人民が其の樂しみを樂しみ、其の利を利とするので、此の國に生れて銘々の事に力を盡すのを滿足と感ずるといふことであります。それから「聖造」といふのは天子様のお働きといふことで、これは天照大神が皇孫を此の國にお遣はしになつて以來歴代の君主たる方がなさる所の一切のお働きを籠めて申すのであります。
解説
kj27の「義」「利民」「聖造」の定義を、順に敷衍して締めくくる段。「義」=制度を時宜に適わせること、「利民」=人民が自らの生を満足と感じること、「聖造」=歴代君主のすべての働き、と説く。全集版js07の「品節其道」という抽象的な定義に比べ、小林は「人民が其の樂しみを樂しみ、其の利を利とする」という、人民の実感に即した定義を一貫して重視しており、kj27の解説で指摘した力点の違いがここで具体的に展開されている。次冊(その四)では、全集版js08「豈爲一身乎」──皇位は私のものではないという崇神天皇の詔へ進む見込みである。