皇統章 三(結)至公至正の道 ── 精なるものにも粗なるものにも皆存在の意義がある底本 三〇二頁
原文
精粗相因。而後萬物遂。天共覆之。地共載之。是其至大也。至公也。
訓読
精粗相因り、而して後萬物遂ぐ。天共に之を覆ひ、地共に之を載す。是れ其の至大なり、至公なり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
此の天地の間には様々なものがあって、之を比べて見れば大きいものもあれば小さいものもある。非常に美しいものもあれば美しくないものもある。
併し其の全体が相集まって統一を保ち秩序を具え、相調和して此の天地全体の美を成してゐるのであります。其の一つ一つを取り立てて言えば詰らないように見えるものもあるけれども、併しながらこれは天地の調和を成す為めにそれぞれ役に立って居るのである。
精なるものにも、粗なるものにも皆存在の意義があって、互いに相助けて、そこで萬物が其の性を遂げ、天はこれを覆い地はこれを載せて、永久に渝らない。それであるから此の全体を見る時は天地の作用は至公至正と謂はなければならない。実に天地の間の働きは広大なものであります。
解説
「至公至正」――きわめて公平でまっすぐ。前の冊(kd33)で読んだ素行の一段を、小林がここから数頁かけて敷衍していく。
要点は「其の一つ一つを取り立てて言えば詰らないように見えるものもあるけれども、これは天地の調和を成す為めにそれぞれ役に立って居る」。個としての価値ではなく、全体のなかでの位置で見るという視点である。
中國章の最終段(ck155)の身体の比喩――元気が末端まで通わなければ全身が病む――と、同じ構図がここでも働いている。全体があるから部分に意味がある、そして部分が欠ければ全体が成らない。
この読み方は、輪読で使いやすい。「詰らないように見えるもの」を、どう見るか――そこが問われている。
皇統章 三(結)陰陽五行の錯綜 ── 過不及があるからこそ萬物が生ずる底本 三〇二頁
原文
二氣五行之變。未嘗無過不及。
訓読
二氣五行の變、未だ嘗て過不及なきにあらず。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
先づ此の天地の間の有様を見ても陰陽の気が元で、それから木火土金水の五つというものが錯綜して萬物を生ずるのであるが、此の陰陽及び五行の種々錯綜して働きをする場合に於ては過不及がある。
何時でも其の力が同じように現はれるのではない。其の陰の力が特に現はれるということもあれば、陽の力が特に現はれることもある。
それであるから天地の間の物を見ると、木火土金水の五行の変化も其の通りであって、何でも同じように現はれるというものではない。
解説
「過不及なきにあらず」――過ぎるところも足りないところも、必ずある。二重否定で書かれているのが効いている。完全に均一な生成などというものはない。
これが素行の反論の第一の柱である。二柱の神が聖であっても、生成そのものに揺らぎがあるのだから、生まれる子に差が出るのは当然だ、と。
陰陽五行は、その三(ck43)で扱ったときにも触れたが、素行の説明と小林の説明が食い違うことがあった。ここでは「錯綜」――入り混じる――という一語で、五行が単純な図式ではないことを押さえている。
整った理論の内側に、整わないものを織り込んでおく。この段の議論が説得力を持つのは、そこである。
皇統章 三(結)明暗曲直・柔剛弱強 ── 人間のことも其の通り底本 三〇二〜三〇三頁
原文
人物在天地亦然。故明暗曲直。柔剛弱强並行。各盡其性。
訓読
人物天地に在るも亦然り。故に明暗曲直、柔剛弱強並び行はれ、各其の性を盡す。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
人間のことも其の通りであって、人間が天地の間に立って國を建てて居る上に於ては、其の人物というものにもいろいろな者が出る。
真っ直ぐな気象の者もあれば、曲った気象の者もある。また「明暗曲直」――割合に智慧の明かな者もあれば、智慧の足りない者もある。また「柔剛弱強」で、強いものも弱いものも、気象の勝ったものも、後れ勝ちのものも色々あるが、斯ういうものが並び行はれて、一緒に集まって國を成して、各々其の天性を尽して、それぞれの働きをする。
其の働きが皆國全体の発展に役に立って行くのである。
即ち天地自然に基いた神聖なる所の働きがここに現はれて國となり、また民となり、相助けて全体の発展を遂げて行くというように考えなければならぬのであります。
解説
相反する性質が「並び行はれる」。素行の原文は「明暗曲直、柔剛弱强並行、各盡其性」――十二字で、人の多様さを言い切っている。
小林はそれを「真っ直ぐな気象の者もあれば、曲った気象の者もある」「智慧の明かな者もあれば、智慧の足りない者もある」と、身の回りの人間の話に翻訳する。神代の議論が、そのまま人の集まりの話になる。
注目したいのは「並び行はれて、一緒に集まって國を成して」という順序である。多様なまま集まることが国を成すのであって、揃えることが国を成すのではない。
そのうえで「各々其の天性を尽して」。前の冊の kd11「悪い点を伸ばせば害をなし、善い点が発展すれば役に立つ」と、まっすぐつながる。多様さを認めることと、その向きを問うこととは、両立する――この講義の人間観のいちばん良いところである。
皇統章 三(結)其の所を得さへすれば誰でも世の中に貢獻をして行くことが出來る底本 三〇三頁
原文
各盡其性。是神聖贊其化也。
訓読
各其の性を盡す。是れ神聖其の化を贊くるなり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
即ち天地自然に基いた神聖なる所の働きがここに現はれて來る。其の所を得さえすれば誰でもそれぞれの働きをして、そうして世の中に貢献をして行くことが出来る。
それぞれの人間が此の世の中に生きて居る上に於て、存在の意義の全く無いというものは一人もない。
伊弉諾・伊弉冉尊という二柱の神も、比較的徳の足りない方も、また平和な心を持って居る方も、荒々しい心を持って居る方もお生れになって、そうして天地の間に立ってそれぞれの働きをなされ、多くのものを導いて、各々其の本性を尽されるように力を用いられたということは、最も尊いことと申さなければならぬのであります。
解説
「存在の意義の全く無いというものは一人もない」――前の冊の kd12「人間に棄てた者はない」、kd16「一として無意味のものはない」が、ここで三度目、いちばんはっきりした形で言われる。
そして条件が一つだけ付く。「其の所を得さえすれば」。誰にも役があるが、場所が合わなければ働けない――これは能力の話ではなく配置の話である。
中國章その九(ck137)の「當國の幹了しき者を取りて其の國郡の首長に任ず」、その十(ck152)の「人物の計會」と、同じ思想がここに来ている。適材適所は、素行の一貫した関心である。
「神聖其の化を贊く」は『中庸』の「天地の化育を贊く」から。人が持ち前を尽くすことが、天地の営みを助けることになるという、儒学のいちばん大きな枠組みがここで顔を出す。
皇統章 三(結)桑と麻と菅と蒯 ── 用ひ方に依つては皆役に立つ底本 三〇三〜三〇四頁
原文
因子之說。則取上而遺下。貴桑麻而棄菅蒯也。
訓読
子の說に因れば、則ち上を取りて下を遺し、桑麻を貴びて菅蒯を棄つるなり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
若しお前のように偏った考えで居ると、上の方のものは宜しいが、下の方に居るものは詰らないということになる。
それでは、例えば物を植えても、桑のような、また麻のような直ぐに役に立つものは宜いけれども、細い草だの、蓬だのというような、直ぐ役に立たないものは棄ててしまっても宜いということになるではないか。
桑は蚕を養い、麻は直ぐ人の着物になるから直ぐ世の中の役に立つ。併し何でもないような草でも、用い方に依っては皆役に立つのでは、人間の生活は完全には行かない。
凡ての草が皆麻のようなものであり、凡ての木が皆桑のようなものであったのでは、人間の生活は完全には行かない。直ぐ役に立つものもあり、また手を掛ければ役に立つものがあって、各々相俟って世の中とには大変都合好く運んで行く。
解説
素行の一句が、ここで生活の具体に落ちる。桑は蚕を養い、麻は布になる。すぐ役に立つ。だが「凡ての草が皆麻のようなものであり、凡ての木が皆桑のようなものであったのでは、人間の生活は完全には行かない」。
これは反論として強い。「役に立つものだけあればよい」という考えを、実際に役に立つものだけの世界を想像させることで崩している。菅や蒯は縄になり筵になる。桑と麻だけでは、縛るものも敷くものもない。
「直ぐ役に立つものもあり、また手を掛ければ役に立つものがある」――この一句が良い。役に立つかどうかは、手の掛け方次第でもある。前の冊の kd11「自分で思い直されることになれば」、kd12「恩愛の力を以て」と、同じところを指している。
素行の「上を取りて下を遺す」という言い方も見ておきたい。上等・下等という区分そのものを、素行は問題にしている。
皇統章 三(結)四人のお子様 ── 各々其の性の適する所に依つて働きをなさつた底本 三〇四頁
原文
生此四神。而天下始安。萬民得所。
訓読
此の四神を生みて天下始めて安く、萬民所を得。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
人物も亦其の通りであって、いろいろな人物があってそれぞれの地位を占め、それぞれの働きをすることに依って、皆國家に大いなる貢献をして行くのであるから、此の点をよく考えなければならぬ。
伊弉諾・伊弉冉尊の二柱の神が此の四人のお子様をお生みになって、天下が安らかになって、萬民が皆其の所を得るようになったのである。
それであるから此の二柱の神のなさったことは実に尊いことなので、即ち後世の者が永く幸福に其の性を遂げる本になったのである。
解説
「萬民所を得る」――万民がそれぞれの居場所を得る。この一句が、皇統章第三段の着地点である。
四柱の神がいたから天下が安らかになった、と素行は書く。優れた者が一人いたからではなく、四人いたからである。多様さそのものが安定の条件という読みで、これは前段までの議論を受けた自然な結論である。
小林の「いろいろな人物があってそれぞれの地位を占め、それぞれの働きをすることに依って、皆國家に大いなる貢献をして行く」という言い方も、「地位」と「働き」を分けているところに注意したい。地位の高低ではなく、それぞれの地位でそれぞれの働きをするということである。
「後世の者が永く幸福に其の性を遂げる本になった」――神代の出来事を、後世に生きる者の幸福の根拠として読む。この講義の一貫した姿勢である。
皇統章 三(結)後世の學者が極く低い考へで批判を加へる ── 甚だ不謹愼なこと底本 三〇四頁
原文
二神所共議。無俗學可以疑焉。
以上、定本朝之主。
訓読
二神共に議りたまふ所、俗學の以て疑ふべき無し。
以上、本朝の主を定む。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
後世の学者などが極く低い考えで、これを彼此れ批判するということをしてはならぬ。
たとい其の御事蹟は詳しく伝はらないでも、此の大体を以て見ると、此の二柱の神々の御徳が広大であるということは決して疑うべきものではない。
これに対して彼此れ批判を加えるというようなことは甚だ不謹慎なことであるから、固くこれを慎しむべきである。
これで先づ日本の國の君主のお定まりになった状態が一通り尽されて居る訳であります。
解説
第三段の結び。素行は「俗學の以て疑ふべき無し」――通俗の学問が疑いを挟むようなものではない――で締める。
読むときの注意。ここで素行と小林の姿勢の差がはっきり出る。
素行は前段まで理屈で答えていた。陰陽五行に過不及がある、精と粗が相因る、桑麻だけでは生活が成らない――疑問に対して論証で応じている。そのうえで最後に「俗学の疑うところではない」と言う。答えたうえでの結語である。
ところが小林は「批判を加えるというようなことは甚だ不謹慎なことであるから、固くこれを慎しむべき」と、問うこと自体を戒める方向に寄せる。前の冊の kd32 で見たのと同じずれで、素行は問いを封じていないのに、小林は封じる。
附録「或疑」(『中朝事實』十五)が二十の疑問に一つずつ答える書物であることを思えば、素行はむしろ疑いを歓迎する側の人だった。この差は、輪読で確認しておきたい。
皇統章 四天照太神の子 ── 正哉吾勝勝速日天忍穗耳尊底本 三〇四〜三〇五頁
原文
天照太神之子。正哉吾勝勝速日天忍穗耳尊。娶高皇産靈尊之女栲幡千千姫。生天津彦彦火瓊瓊杵尊。故皇祖高皇産靈尊。遂欲立皇孫。以爲葦原中國之主。召集八十諸神。而問之曰。吾欲令撥平葦原中國之邪鬼。當遣誰者宜也。惟爾諸神。勿隱所知。
訓読
天照太神の子、正哉吾勝勝速日天忍穗耳尊、高皇産靈尊の女栲幡千千姫を娶り、天津彦彦火瓊瓊杵尊を生む。故に皇祖高皇産靈尊遂に皇孫を立てて以て葦原の中つ國の主と爲さんと欲し、八十諸神を召集めて之に問うて曰く、吾葦原の中つ國の邪鬼を撥ひ平げしめんと欲す。當に誰をか遣はさば宜しからん。惟はくは爾諸神、知らん所を隱すこと勿れと。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
次は謂はゆる天孫降臨の前後の事情が記されてあるのでありますが、天照大神の御子の正哉吾勝勝速日天忍穗耳尊という方が高皇産靈尊の女の栲幡千千姫という方を妻とされて、其の間にお生れになったのが瓊瓊杵尊であります。
此の瓊瓊杵尊という方は非常に徳の勝れた方であって、これは多勢の人の上に立って永く國を治めて行くのに充分なる力を具えた方と思はれたので、そこで高皇産靈尊が此の瓊瓊杵尊の勝れた方であるということを充分にお認めになって、此の方を立てて葦原の中つ國、即ち日本の國の君主としようといふお考えでありました。
さて此の瓊瓊杵尊を此の國にお降しになるに就いて、予め此の日本の國の様子をよく調べて、此の瓊瓊杵尊がお降りになっても障りのないようにしようという思召しから、多勢の神々をお集めになって其の意見を御問いになりました。
解説
第四段。天孫降臨。皇統章の中心となる場面である。
ここで素行が引くのは『日本書紀』神代下の第九段。天照大神の御子・天忍穗耳尊と、高皇産靈尊の女・栲幡千千姫とのあいだに瓊瓊杵尊が生まれる。天照系と高皇産靈系の結合から天孫が出るという系譜である。
読みどころは、そのあと。高皇産靈尊は皇孫を降す前に、八十諸神を召し集めて意見を問う。「惟くは爾諸神、知らん所を隱すこと勿れ」――知っていることを隠すな。
この一句を、小林は次段(kd47・kd48)で日本の國體の淵源と読む。降臨の物語よりも、その前に置かれた「諮る」という手続きのほうに、小林の関心は向いている。
なお高皇産靈尊(高木神)は『古事記』では造化三神の一で、天孫降臨の主導者として天照大神と並ぶ。降臨神話には、天照系と高皇産靈系の二つの筋が重なっていると考えられている。
皇統章 四(承)天孫降臨の前後 ── 瓊瓊杵尊のお生れ底本 三〇五〜三〇六頁
原文
生天津彦彦火瓊瓊杵尊。故皇祖高皇産靈尊。遂欲立皇孫。以爲葦原中國之主。
訓読
天津彦彦火瓊瓊杵尊を生む。故に皇祖高皇産靈尊遂に皇孫を立てて以て葦原の中つ國の主と爲さんと欲す。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
此の瓊瓊杵尊という方は非常に徳の勝れた方であって、これは多勢の人の上に立って、永く國を治めて行くのに充分なる力を具えた方と思はれたので、そこで高皇産靈尊が此の瓊瓊杵尊の勝れた方であるということを充分にお認めになって、此の方を立てて葦原の中つ國、即ち日本の國の君主としようとお考えになりました。
さて此の瓊瓊杵尊を此の國にお降しになるに就いて、予め此の日本の國の様子をよく調べて、此の瓊瓊杵尊がお降りになっても障りのないようにしようという思召しから、多勢の神々をお集めになって其の意見をお問いになりました。
無論高皇産靈尊は勝れた徳を具えていらっしゃるのであるから、御自身のお考えで萬事を御決定になるのが当然でありますけれども、尚ほ善いが上にも善いようにという思召しから、多勢の神々をお集めになって其の意見を御問いになりました。
解説
「善いが上にも善いように」――この一句に、小林がこの場面をどう読んでいるかが出ている。
問うのは力が足りないからではない。足りていても、なお問う。この読みが、次段(kd48)の議論の土台になる。
読むときの注意。『日本書紀』の当該箇所を読むと、高皇産靈尊が諮ったのは誰を遣わすかという人選についてであって、降臨そのものの可否ではない。小林の「瓊瓊杵尊がお降りになっても障りのないようにしよう」という説明は、原文の「葦原中國の邪鬼を撥ひ平げしめんと欲す」を噛みくだいたものである。
「邪鬼」――順わぬ者。この語をどう読むかは、その五(ck72)で「戎夷は外國の意味ではない」と断ったのと同じ問題を含む。葦原中國には既に大己貴神がいて国を治めていたのであり、降臨はその国を譲り受ける話である。「邪鬼」という語は、降る側からの呼び方である。
皇統章 四(承)八十諸神を召集めて之に問ふ ── 天皇の御諮詢底本 三〇六頁
原文
召集八十諸神。而問之曰。惟爾諸神。勿隱所知。
訓読
八十諸神を召集めて之に問うて曰く、惟はくは爾諸神、知らん所を隱すこと勿れと。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
「八十諸神」というのは、詰り澤山の神ということを形容したのであるから、御自身のお考えで萬事を御決定になるのが当然でありますけれども、尚ほ善いが上にも善いようにという思召しから、多勢の神々をお集めになって其の意見をお問いになりました。
これがまた日本の國體の淵源する所と考えて宜しいのであります。
上にお立ちになります天皇は勿論勝れた御徳を具えた方でありますから、天皇のお心持で萬事を御決定になるのが当然なのであります。
併し天皇は國民全体の幸福になることをのみ御軫念になっていらっしゃるから、御自身のお考えでお決めになるよりも、尚ほ他の者の意見を聴いて、其の意見に依って決定したならば、一層事が完全に運ぶであろう、一層國民が幸福になるであろうというようなお心持から、多勢の意見をお問いになるのであります。
解説
「知らん所を隱すこと勿れ」――知っていることを隠すな。この一句を、小林は日本の國體の淵源と読む。
諮ることは、力の不足ではない――というのが小林の読みの要点である。「御自身のお考えでお決めになるよりも、尚ほ他の者の意見を聴いて、其の意見に依って決定したならば、一層事が完全に運ぶであろう、一層國民が幸福になるであろう」。目的は国民の幸福であって、手続きはそのための手段だという整理になっている。
この読み方は、五箇条の御誓文の「廣ク會議ヲ興シ萬機公論ニ決スベシ」を、神代に遡って根拠づけようとするものでもある。明治以来、この場面はしばしばそのように引かれた。
神話の側から言えば、記紀には神々が集まって相談する場面がいくつもある(天安河原の神集い、国譲りの議など)。合議の形が繰り返し現れるのはたしかで、小林がそこに注目したこと自体は的を射ている。
皇統章 四(承)これが日本の國體の淵源する所 ── 多勢の意見をお問ひになる底本 三〇六〜三〇七頁
原文
惟爾諸神。勿隱所知。僉曰。天穗日命是神之傑也。可不試歟。於是俯順衆言。
訓読
惟はくは爾諸神、知らん所を隱すこと勿れと。僉曰く、天穗日命は是れ神の傑なり、試みざるべけんやと。是に於いて俯して衆言に順ふ。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
此のお尋ねを受けたものは、自分の力のあらん限りを尽して、其の意見が用いられるか、或は用いられないかということは、上にお立ちになる所の天皇のお心持一つで御決定に相成るのであります。
たとい多勢集って決定した場合でも、それは御尋ねにお答え申上げるという意味に於て、様々なことを決定するのでありますから、此の御尋ねを受けた者の意見が絶対に実行されるというように考えては大変な間違いであります。
今立憲政体になって居りましても、日本の立憲政治というものと欧米諸國の立憲政治というものを同等に考えてはならぬので、他の國は前から屡々申すように人民が初め國を造って、そうして君主を人民の力に依って立てたのでありますから、それで議會に於て決定したことは政府も之を用いなければならないし、また政府の幹部となって居る者の決めたことは、其の國の君主と雖も之を拒否することは出来ないということになって居る。
解説
読むときの注意(一)。ここから小林の議論は、神話の話を離れて当時の立憲政治の話になる。この講義が語られた昭和十年代の政治状況が、そのまま出ている箇所である。
大日本帝国憲法の条文を確認しておきたい。第五条「天皇ハ帝國議會ノ協贊ヲ以テ立法權ヲ行フ」、第三十七条「凡テ法律ハ帝國議會ノ協贊ヲ經ルヲ要ス」。「協贊」――議会の同意なしに法律は成立しない、という規定である。諮問に応じるだけの機関ではない。
読むときの注意(二)。この講義が行われた時期は、天皇機関説事件(昭和十年=一九三五)と国体明徴声明の直後にあたる。美濃部達吉の学説――天皇は国家という法人の最高機関である――が排撃され、議会の権能を小さく読む言説が広まった時期である。小林の議論は、その空気のなかにある。
読むときの注意(三)。「他の國は……政府の幹部となって居る者の決めたことは、其の國の君主と雖も之を拒否することは出来ない」という説明も、立憲君主制の一般的な説明としては大づかみに過ぎる。
ただし前段(kd47)の「なぜ諮るのか」という議論そのもの――足りていてもなお問う、目的は民の幸福――は、この時代の枠を超えて読める。その部分と、ここから先とを分けて読みたい。
皇統章 四(承)立憲政治 ── 日本のと歐米諸國のとを同等に考へてはならぬ底本 三〇七頁
原文
於是俯順衆言。即以天穗日命往平之。
訓読
是に於いて俯して衆言に順ふ。即ち天穗日命を以て往いて之を平げしむ。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それで人民の意見というものが萬事の根本になるのであります。それで議會に於て決定したことは政府も之を用いなければならないし、また政府の幹部となって居る者の決めたことは、其の國の君主と雖も之を拒否することは出来ないということになって居る。
日本に於てはそうではないので、議會で何事を決めるのでも、これは天皇の御尋ねに応じて決めるのだという精神を失ってはならぬので、たとい議會でどう決めても、天皇の思召しを以て是れは間違って居るとお考えになれば、一切お用いにならなくても、議會たるものは決して異議を申すべきものではない。
要するに御諮問に応ずるという心持を失はないということが最も肝要なのであります。
解説
読むときの注意。この一段は、憲法の条文と照らすと成り立たない。
帝国憲法第五条は「天皇ハ帝國議會ノ協贊ヲ以テ立法權ヲ行フ」と定めており、議会は諮問機関ではなく、立法に不可欠の機関である。天皇の裁可は必要だが、それは議会の議決を前提とする。「議會たるものは決して異議を申すべきものではない」という言い方は、条文の枠を超えている。
この講義が語られたのは、天皇機関説事件のあと、議会政治への攻撃が強まっていた時期である。政党内閣は昭和七年(一九三二)の五・一五事件で途絶えており、議会の力が実際に細っていく過程のただなかにあった。小林の議論は、その現実を追認する向きに働いている。
あわせて確認しておきたいのは、素行の原文が「俯して衆言に順ふ」――高皇産靈尊が頭を下げて衆議に従った――と書いていることである。「俯」の一字が効いている。素行の引く神話では、上に立つ者が衆議に従っている。小林の議論とは、向きが違う。
皇統章 四(承)御諮問に應ずるといふ心持 ── 議會で何事を決めるのでも底本 三〇七〜三〇八頁
原文
僉曰。天穗日命是神之傑也。可不試歟。
訓読
僉曰く、天穗日命は是れ神の傑なり、試みざるべけんやと。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
我が國では立憲政治を立てるに就いて、西洋の諸國の制度などを参考としたから、何か欧米の方が自分の國よりも先進の國である、先輩であるというようなことを考えて居る者も尠くなかったのであります。
近頃では大いに改まりましたけれども、ツイ近頃まではそういう意見の者も随分多く居るようであります。其の為めに何でも多数で物を決めれば、必ず実行が出来るものだというような、極く浅はかな考えを持って居る者も随分居るようであります。
これは全く間違った考えでありまして、日本の國體から申しますれば、何でも多数決で決めるということの行はれよう筈はないのであります。今後に於ても國民たる者は、此の点に就いて思い違いのないようにするということが最も肝要と思はれるのであります。
解説
読むときの注意。この一段も、そのまま受け取ることはできない。
「何でも多数決で決めるということの行はれよう筈はない」――帝国憲法下でも、議会の議事は多数決による(議院法の規定)。小林が言おうとしているのは「多数決だけで国が動くわけではない」ということだろうが、言い方は多数決そのものの否定に寄っている。
時代の文脈。大正デモクラシーを経て政党内閣が続いた時期(一九一八〜一九三二)のあと、五・一五事件で政党内閣が途絶え、議会政治そのものへの批判が高まっていた。「近頃では大いに改まりました」という一句は、その変化を肯定的に語っている。
この読本では、こうした箇所を削らずに全文収めている。削れば、この講義がどういう時代の産物かが見えなくなるからである。読み手が、素行の文と、講義者の時代の言葉とを分けて読めるように――それがこの補注の役割である。
なお素行の原文「僉曰く……試みざるべけんや」は、一同が一致して一人を推した場面である。合議で人を選び、上に立つ者がそれに従った。素行が引いているのは、そういう神話である。
皇統章 四(結)天穗日命 ── 大己貴神に佞び媚びて、三年になるまで報聞せず底本 三〇八頁
原文
然此神佞媚於大己貴神。比乃三年。尚不報聞。是後高皇産靈尊更會諸神。選當遣於葦原中國者。經津主神武甕槌神。誅諸不順鬼神等。果以復命。
訓読
然るに此の神大己貴神に佞り媚びて、三年に比るまで尚ほ報聞せず。是の後高皇産靈尊更に諸神を會し、當に葦原の中つ國に遣はすべき者を選ぶ。經津主神、武甕槌神、諸の順はぬ鬼神等を誅し、果して復命す。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
そこで前に申しましたような思召しから、多くの神々を集めて其の意見をお問いになって、今回葦原の中つ國に自分の孫たる瓊瓊杵尊を遣はさうと思うが、其の葦原の中つ國には荒々しい心を持って争い合って、其の土地の平和を乱して居る者も尠くないということを聞いて居る。
そういう者を先づ一通り帰順させて、そういう荒々しい事のないように、治め易いようにしてから、瓊瓊杵尊を其処に遣はしたいと思うが、誰をやったならばあの争い合って居る者を鎮めて、平和にすることが出来るであろうか。皆の考えに依って之を決めたいと思うから、意見を少しも隠すことなく言うようにと、斯ういう仰せでありました。
そこで皆が言うには、天穗日命というのは勝れた者であるから、これを試みにお遣はしになったら宜しからう。天穗日命ならば必ず多勢の者を説き諭して平和にすることが出来るであろう。斯ういう意見でありました。
そこで衆議に従って天穗日命という者をお遣はしになりました。ところが此の天穗日命というのは前から日本の國土に居った所の大己貴神というものに詔うて、其の儘其処に留まって、三年になるまで一向何の報告をも申上げなかった。
解説
合議が失敗する話。ここは見落とせない。一同が一致して推した天穗日命が、行った先で大己貴神に媚び、三年も復命しなかった。
前段(kd47・kd48)で小林が「日本の國體の淵源」と称えた合議は、この場面では機能しなかったのである。素行はその失敗を、削らずにそのまま引いている。
「俯して衆言に順ふ」――上に立つ者が衆議に従い、そしてその衆議が外れた。神話は、合議を無謬のものとしては描いていない。この一段は、前段の議論を内側から相対化している。
そして高皇産靈尊は「更に諸神を會し」――もう一度、諸神を集める。失敗したから合議をやめるのではなく、もう一度合議する。この繰り返しのほうが、合議というものの実際に近いだろう。
「佞媚」――こびへつらう。派遣された者が現地の側に取り込まれる、という筋は、中國章その九(ck144)の「吏務の奸謀」――役人の不正が反乱を招く――とも響き合う。人を遣わすことの難しさを、素行はくり返し書いている。