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中朝事實 小林一郎 講義 五十二(神治章 その二十一)

山鹿素行 原著 小林一郎 講述 ── 愚謂「天下の治道は国家に在り」、封建と郡縣との比較 原文・訓読・講義・補注の四層

この読本について

小林一郎 講義本『中朝事實』の第五十二冊。神治章の第二十一分冊(底本 下巻 百九十一〜百九十七頁)を収めます。その二十で語られた地方官制度の由来を承け、この冊では素行みづからの言葉「愚謂(ぐおもへらく)」として、天下を治める道が国家に在り、国家の道は封建と郡縣とのいづれかに在るという、統治の大綱についての議論が展開されます。

この冊の読みどころ(一)。「天下の治道は國家に在り、國家の本は民に在り、民の本は君に在り」――この一節に対応する漢文は、山鹿素行全集版『中朝事實』六の神治章二十八「天下の治道は國家に在り」と全く一致します(kj170〜kj172)。

この冊の読みどころ(二)。封建の制については「親を親とし、賢を賢とす」という基本理念から、卿・方伯・三監という補佐の仕組み、天子の巡狩・黜陟、諸侯の朝聘・正朔奉戴まで、かなり詳しく敷衍されます(kj171〜kj173)。

この冊の読みどころ(三)。郡縣の制についての一節(kj174)は、全集版には見えず、小林本のみに伝はる部分です。底本の該当箇所は損傷が甚だしく、確定できない文字を含むため、判読の困難な結びの一句については大意を示すに留めてゐます。

四層の構成。kj173とkj175は小林の講義による敷衍のため、「原文」「訓読」欄には対応する漢文がない旨を記し、「現代語訳」欄に小林一郎の講義そのものを現代表記に直して収めています。「解説」は新たに書き加へた補注です。

翻刻について。底本は小林一郎講述『中朝事實』下(皇國精神講座、影印)です。旧字・旧仮名の原本からの文字起こしで、なお誤りが残ってゐる可能性があります。

色分けの凡例

『日本書紀』(本文・一書)本朝の古典(古語拾遺・舊事本紀・元々集ほか)漢籍(易・書・詩・論語・孟子ほか)制度・地理・故事

主要語彙集

封建(はうけん)
王の親族・功臣に領地を分け与へ、世襲の諸侯として治めさせる制度。
郡縣(ぐんけん)
中央から官吏を派遣して地方を直接治める制度。任期があり世襲されない。
方伯(はうはく)
諸侯を統べる地方の長。支那では東西南北の四方にそれぞれ置かれたと伝はる。
三監(さんかん)
周代、中央から諸侯国に派遣された監督官。一国につき三人置かれた。
黜陟(ちゆつちよく)
功績によつて位を進めたり退けたりすること。
正朔(せいさく)
天子の定めた暦。これを奉戴することは天子の統治方針に従ふことを意味する。
咫尺(しせき)
ごく近い距離。転じて、天子の側近くにあるような心持ちのたとへ。
守令(しゆれい)
郡縣制のもとで中央から派遣される地方官。
考課(かうくわ)
官吏の勤務成績を調べ、賞罰の判定に用ゐること。
按巡(あんじゆん)
地方を巡回し、その実情を視察すること。

登場する神・人物

小林一郎(こばやしいちろう)
一八七六〜一九四四。漢学者・国文学者。二松学舎に学ぶ。『皇國精神講座』を主宰し、『中朝事實』のほか多くの古典を講義した。この読本の講義部分の著者。
山鹿素行(やまがそこう)
一六二二〜一六八五。『中朝事實』の著者。この冊の「愚謂」以下も素行自身の筆による。

神治章 百七十愚謂 ── 天下の治道は国家に在り底本 下巻 百九十一頁・百九十三頁
原文
以上論治道之要、愚謂、天下之治道、在國家、國家之本、在民、民之本、在君、君明則民安、民安則國治、家齊而天下平矣、國家治齊而天下平矣、治國家之道、在封建與郡縣。

訓読
以上いじやう治道ちだうえうろんず。おもへらく、天下てんか治道ちだう國家こくかり。國家こくかもとたみり。たみもときみり。きみあきらかなるときはすなはたみやすく、たみやすきときはすなはくにをさまり、いへととのひて天下てんかたひらかなり。國家こくかをさまりととのひて天下てんかたひらかなり。國家こくかをさむるのみちは、封建はうけん郡縣ぐんけんとにり。

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
以上は国を治むる所の大綱を論じたのでありますが、更に素行の考へを加へて申しますには、天下を治むる道といふものに就いて、古今にいろいろな論があります。或は儒教とか道教とか、其の他楊子、墨子といろいろな諸家の説がありますが、其の説といふものは必ずしも一致して居りませぬので、其の何れに従ふかといふことはなかなか決定するのに難しい。人君たる者がさういふ諸家の説をみな比べて見ると、従ふべき所が殆んど判らぬといふことになりませう。『亡羊』といふのは、羊を失つた者が其の羊を追ひ掛けた時に、道が一筋ならば宜しいが、道が幾つにも分れて居ると、羊はどちらの方へ逃げたか見当が付かなくなつて、其の道の岐れた所に立んで呆然として居るより外はないといふことでありますが、先づさういふ具合に、余り説が多いと帰着する所がわからないのであります。併しながらどれほど説が岐れて居つても、一体人君たる者はどういふ事を自分の職分とするのかといふことを本当に考へれば、大体の方針といふものは立つ訳であります。卽ち天下を平らかにすると申しても、各々の国を平らかにするのが根本である。国を盛んにしようには、人民が銘々の業に励むといふことを本としなければならない。そこで人民がどうしてさういふ健全な気分になるかと言へば、それは上に立つ所の君主たる人の心持一つで定まるのであり、君が明かであれば人民は安んじて其の業に力を尽すことが出来る。人民が安んじて其の業に力を尽して行けば国は盛んになり、また家も斉ふ訳であります。国が治まつて家が斉へば自ら天下は平らかで、これ以上の善いことはないのであります。ところで国家を治むる道には封建と郡縣とがある。次にこの二つについて、順を追つて申上げませう。

解説
この一節は山鹿素行全集版『中朝事實』六・神治章二十八「天下の治道は國家に在り」の冒頭と全く一致する。「天下の治道は國家に在り、國家の本は民に在り、民の本は君に在り」――この三段は、一見すると民の本が君に在るという所で君主に話が戻り堂々巡りのやうに見えるが、実際は循環していない。民の安否は結局君主の明暗にかかるという責任の所在を示す句である。『亡羊』は『列子』説符篇に見える故事で、道が岐れて羊を見失ふことから、学説の岐れて帰する所を知り難いことの喩へとして広く用ゐられる。

神治章 百七十一封建の制(一) ── 親を親とし賢を賢とす底本 下巻 百九十一頁・百九十四頁
原文
封建者、親親、賢賢、因其邦而命其卿、建方伯、立三監。

訓読
封建はうけんは、しんしたしみ、けんたふとび、くにりてけいめいじ、方伯はうはくて、三監さんかんつ。

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
其の封建から申しますと、初めは国王の親戚たる人に領地を与へ、それからまた功労のある者にも領地を与へるといふことにまでなつて行くのであります。それで其の君主の親戚たる者に領地を与へるといふことは、卽ち親を親しむの道である。君主が先づ自分の一家一族が平和な生活を遂げ、また睦み合つて行くべき道を立て、これを以て天下の手本とすべきであります。それであるから『親を親とする』といふことが先づ以て肝要なのであります。それからまた君主の親戚以外の者に領地を与へるといふのは、其の人の功労によるので、『賢を賢とする』──勝れた人を勝れた人として優待するといふ趣意に基くものであります。斯ういふやうにして封建といふものの基礎が出来て、それから君主が此等の諸侯の上に立つて之を統一して行くのでありますが、無論君主一人此の大任を全うすることは出来ないから、『卿』といふ者、卽ち其の君主を輔ける所の人に賢者を挙げなければならない。また封建制度では方々に諸侯があるから、此等の諸侯を統一する必要上『方伯』といふ者を定めなければなりませぬ。支那では全国を東西南北の四方に分けまして、各一人づつの方伯があつて、此の四人の方伯がそれぞれの地方の大名の様子を取纏めて中央に報告し、また中央の国王其の他の意向をみなに伝達するといふやうな任務に当つて居つたのであります。それから尚ほ周の時代などでは『三監』といふものがありました。卽ち中央から諸侯の国に派遣する所の監督官が何れの国にも三人あつて、此の三人が領内の様子をよく調べてこれを中央に報告し、また其の領内に於て間違つたことがあれば、直接政務に当つて居る者に忠告をして、これを改めさせるといふやうな任務を帯びて居つたのであります。

解説
「親を親とし、賢を賢とす」は『中庸』第二十章「仁は人なり、親を親しむを大なりとす。義は宜なり、賢を尊ぶを大なりとす」に通じる古来の成句である。素行はこれを封建制度の根本理念として引く。方伯・三監はいづれも周代支那の制度で、諸侯の乱立を統一するための仕組みとして紹介されてゐる。

神治章 百七十二封建の制(二) ── 天子巡狩・諸侯朝聘・宗子侯王底本 下巻 百九十一頁・百九十四〜百九十五頁
原文
天子巡狩而規禮觀俗、諸侯朝聘而奉正朔、退而顙違、咫尺之敬、故宗子惟城、侯王惟藩。

訓読
天子てんし巡狩じゆんしゆしてれいただぞく諸侯しよこう朝聘てうへいして正朔せいさくけ、退しりぞきてひたひたがへ、咫尺しせきけいあり。ゆゑ宗子そうししろ侯王こうわうかきなり。

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それから天子は『巡狩して』──然るべき機会に於て諸侯の領地を視廻つて、さうして諸侯の国々に正しい政治が行はれて居れば宜しいが、若し乱れて居ればこれを改めさせるやうに教戒を与へます。また其の国の風俗がどうであるかといふことをよく見て、其の風俗が良ければ洵に結構でありますが、若し風俗が乱れて居ればこれは上に立つ者の責任でありますから、上に立つ諸侯たる者を戒めて、其の風俗を匡すやうに努めさせる。斯ういふやうな事にみな深く意を用ゐるのであります。それからまた諸侯たる者は定まつた時期に於て天子の所に参つて王室に勤め、また『正朔を受くる』といふのは暦を受取ることでありますが、暦は天子がこれを定めるので、諸侯も天子の定めた所の暦を守るのでありますが、暦を受取るといふことは、詰り国を治むる所の大方針を定められたのに従ふといふ意味になるのであります。卽ち諸侯はそれぞれの領地を治むる所の権限を持つて居るけれども、大体に於ては天子の監督を受け、また天子の教へを奉じなければならぬのであります。また天子の所に参つた時ばかり天子を敬ふといふことではならないので、『退いて』自分の国へ帰つても、天子のお側に居る時と同じ心持で、『咫尺』の間、卽ち直ぐ側に天子がいらつしやるやうな心持で、慎んで自分の職を果して、天子の御思召に違はないやうにと努めることが肝要なのであります。斯ういふやうにして封建制度が健全に行はれて行けば、『宗子』卽ち国王の子たる者はチヨウド国王の家を護る所の城のやうなものになり、また天下の諸侯は庭を護る所の垣根のやうなものになる。卽ち此の封建制度がシツカリ立つて居れば、天子も其の位に安んじ、国家も平かに治まるのであります。

解説
「宗子は惟れ城、侯王は惟れ藩」は『詩經』大雅・板篇の句を踏まへる。国王の一族が国を護る城であり、諸侯が垣根であるという比喩は、封建制度が血縁と信義とに支へられた仕組みであることをよく示す。この段までが全集版『中朝事實』六・神治章二十八の全文に相当する。

神治章 百七十三素行の言葉 ── 黜陟・正朔、そして封建の要諦底本 下巻 百九十五〜百九十六頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)

訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
これが先づ封建制度といふものに就いての大体の心得方でありまして、なほ附け加へて申しますと、天子は諸侯の善し悪しを詳しく調べて、之に依つて『黜陟』──立派に其の国を治めて居る者にはこれに相当な賞を与へるし、其の成績の挙らない者はこれを然るべく処分する。最も成績の挙らない者になれば、其の領地を取上げてしまつて、諸侯の列から除くといふやうなこともある。これ等はみな天下を平らかにする為めに欠くべからざる方法であります。此の大体の方針が違うて来ると、諸侯が其の権を恣にし、天子を蔑ろにして天下に統一が失はれ、甚だしくなれば諸侯が各々其の力を養うて相争ふといふやうな、謂はゆる戦国の状態になるのであります。それで封建制度である以上は、決してさういふ乱れた有様にならぬやうに、天子もまた諸侯もみな深く意を用ひなければならないのであります。

解説
原文には對應する漢文がなく、小林一郎の講義による敷衍箇所である。黜陟(賞罰による官吏の進退)は封建制度が機能するための実務的な裏付けであり、これが緩めば戦国時代のやうな諸侯の乱立に陥るという警告は、次段の郡縣制の説明とも対をなす。

神治章 百七十四郡縣の制 ── 守令・考課・按巡底本 下巻 百九十一頁・百九十六頁
原文
郡縣者、寄守令、審任而察吏務、明考課、正邑員、遣按巡之察使、監其土地人民之情實、然乃能維持於國家、而後天下平也。

訓読
郡縣ぐんけんは、守令しゆれいせ、にんつまびらかにして吏務りむさつし、考課かうくわあきらかにし、邑員いふゐんただし、按巡あんじゆん察使さつしつかはし、土地とち人民じんみん情實じやうじつる。しかしてすなは國家こくか維持ゐぢし、しかしてのち天下てんかたひらかなり。

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それから郡縣の制度であれば、中央から地方の役人をみな派遣するのであります。さうしてそれにはみな『任限』といふものがあつて、其の年限に達すれば其の成績に依つて、成績の好い者には更に高い地位を与へ、成績の挙らない者はこれを罷めるといふやうな処分をするのであります。卽ち『吏務を察し』──各々の任務を負つて居る所の役人が、果して其の責任を全うして居るか居ないかといふことをよく調べなければならぬ。また『考課』といふのは、其の職務が皆分担になつて居りますから、其の分担して居る所の職務がそれぞれ十分に果されて居るか居ないかを一々委しく調べるのであります。これに依つて賞罰を正して、其の功のある者にはこれに賞を与へなければならぬ、其の過ちある者はこれを罰しなければならないのであります。尚ほ此の他に『按巡』といふのは各地方を視廻つて、其の地方の様子を巨細に亘つて調べる所の役人といふものをも任命し、さうして其の土地の様子、人民の生活の様子を実際によく観察して、これを中央に報告するといふことも行はれて居なければならないのであります。斯ういふやうにして行けば、国家を平和に維持して国王の位を永く保ち、また人民も皆其の処に安んじて、国の繁栄といふものはますます盛んになる訳であります。

解説
この段の原文は全集版『中朝事實』六には見えず、小林本のみに伝はる部分である。底本の該当箇所(下巻百九十一頁)は文字の損傷が甚だしく、『郡縣者、寄守令、審任而察吏務、明考課、正邑員、遣按巡之察使、監其土地人民之情實』までは対句の骨格と講義本文とから確度をもつて復元し得たが、結びの一句は判読困難な文字を含むため、封建の段の結び(家齊而天下平矣)と対応する大意によつて補つた。任限・吏務・考課・按巡という一連の語は、いづれも中央集権による官吏監督の仕組みを表す。

神治章 百七十五結び ── 封建にせよ郡縣にせよ底本 下巻 百九十六〜百九十七頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)

訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それで封建にしても郡縣にしても、何れにしても上に立つ人がシツカリして居て能く其の責任を全うし、またこれを輔ける所の人々も各々其の職分を果すといふことであつて、みなの心に少しも弛みがなくてこそ其の国が安らかに治まるのであります。要するに人々が或る地位を占めて居るといふことは、自分の為めではない、天下万民の為めであるといふことを、何時も心に銘して忘れないといふことが最も肝要なので、これに依つて天下が治まるか治まらないかといふことが自ら岐れる訳であります。以上、封建と郡縣との二つの制度を比べて、その要諦は結局上に立つ人の心構へ一つに帰することを、その二十一の結びと致します。次の冊その二十二は、この後に続く『凡そ人君の尊き、下民の賤しき』の一節(人君と下民との隔たりと、それを繋ぐ養ひと教への道を論ずる箇所)より始める見込みであります。

解説
原文には對應する漢文がなく、小林一郎の講義による敷衍箇所である。封建・郡縣いづれの制度も、結局は「上に立つ人の心構へ」に帰するという結論は、kj170の「愚謂」冒頭で示された「君明則民安」の原理と呼応してをり、この一節全体が大きな環をなして閉ぢる構成になつてゐる。