神知章 二百二十二上世は姦臣ありと雖も、君明かなれば底本 下巻 二百七十六〜二百七十七頁
原文
上世之政、祖宗之迹、古今之興衰、亂文武之迹、當時尤爲多、況其親戚乎、況兄弟乎、帝之過亦不寡矣、凡武內宿禰獨大悲之、竊避筑紫、浮海以從南海廻之、垂仁帝之狹穗彦、武烈帝之平群眞鳥、皆是先王之社稷幾危、然而終不亡者、以人君之明也、故姦臣有之、而君明則不能爲害、君暗則良臣不能自保、
訓読
上世の政、祖宗の迹、古今の興衰、文武の迹を亂すこと、當時尤も多しと爲す。況んやその親戚をや。況んや兄弟をや。帝の過ちも亦寡からず。凡そ武內宿禰獨り大いにこれを悲しみ、竊に筑紫を避け、海に浮かびて以て南海より廻れり。垂仁帝の狹穗彦、武烈帝の平群眞鳥、皆是れ先王の社稷幾ど危ふし。然れども終に亡びざる者は、人君の明らかなるを以てなり。故に姦臣これありて、君明らかなれば則ち害を爲すこと能はず。君暗ければ則ち良臣自ら保つこと能はず。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
次に素行はこれまで述べて来たことを総括して申します。上代の政治、また祖先の事跡、古今の興亡を見ますと、文武の道を乱すやうなことは、当時もつとも多かつたのであります。まして親戚の間柄、まして兄弟の間柄に於ては尚更のことでありまして、これは天子様の側にも過ちが少なくなかつたと、素行は率直にお認めになつて居ります。前に申しました武内宿禰がひとり大いにこれを悲しんで、ひそかに筑紫を避け、海に浮んで南海から廻つたといふ事も、また垂仁天皇の御代の狭穂彦、武烈天皇の御代の平群眞鳥といふ者も、いづれも先王の御代の社稷を殆んど危くしかけたのであります。しかしながら遂に亡びなかつたのは何故かと申しますと、これは全く人君が明らかでいらしつたからであります。それであるから姦臣といふものがあつても、君主が明らかでいらつしやれば、これに害をなすことは出来ない。反対に君主が暗くいらつしやれば、良臣もまた自分の身を保つことが出来ないのであります。
解説
この段の原文・訓読は山鹿素行全集版『中朝事實』七・知人章十五「上世は姦臣ありと雖も、君明かなれば」に依る。「君明らかなれば則ち害を爲すこと能はず。君暗ければ則ち良臣自ら保つこと能はず」――その六までに読んで来た武内宿禰の讒言事件、および狭穂彦・平群眞鳥の乱を振り返り、本章全体の要旨を対句で締めくくる。姦臣の有無ではなく、君主の明暗がすべてを決するという、神知章を貫く結論がここに示される。
神知章 二百二十三以上、人を知るの道を論ず底本 下巻 二百七十七頁
原文
以上論知人之道、愚謂、天下之治道、莫大於得人、不得其人、則勞而無功、大臣不一、有守令、有近親、三者一不得、則政體不正而衆體虧、大臣不一、有文臣、有武臣、有舊老臣、有勳功臣、各其道得之時、政體正而衆職惟修、
訓読
以上は人を知るの道を論ず。愚謂へらく、天下の治道は、人を得るより大なるはなし。その人を得ざれば、則ち勞して功なし。大臣は一ならず、守令あり、近親あり。三つの者一つも得ざれば、則ち政體正しからずして衆體虧く。大臣は一ならず、文臣あり、武臣あり、舊老の臣あり、勳功の臣あり。各その道これを得る時は、政體正しくして衆職惟れ修まる。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
かやうにして、以上は人を知る道を論じたものであります。ここで素行は自分の考へを述べて申しますには、天下を治める道は、人を得ることより大切なものはない。その人を得なければ、いくら骨を折つても功を挙げることは出来ない。大臣といつても一様ではなく、地方を治める守令もあれば、御身近くに仕へる近親もある。この三つのうち一つでも適当な人を得られなければ、政治の体が正しくならないで、あらゆる仕組みが欠けてしまふ。また大臣にしても一様ではなく、文の道に長じた臣もあれば、武の道に長じた臣もあり、古くから仕へた老臣もあり、勲功のあつた臣もある。それぞれの人がそれぞれの道にかなつた任を得た時に、はじめて政治の体が正しくなつて、あらゆる職務が整ふのであります。
解説
この段の原文・訓読は山鹿素行全集版『中朝事實』七・知人章十六「以上、人を知るの道を論ず」に依る。冒頭の「以上論知人之道」は、その一からその六までに読んで来た神知章全体を振り返る素行自身の言葉である。「天下の治道は、人を得るより大なるはなし」――そして人材を大臣・守令・近親の三種、大臣をさらに文臣・武臣・舊老の臣・勳功の臣の四種に分けて数へ上げる。神治章が制度の階層を示したのに対し、本章は人の階層を示す、という対応がここに集約される。
神知章 二百二十四人を知るの道は、その言行を察するに在り底本 下巻 二百七十八頁
原文
蓋知人之道、內主其言行、外察其言行、試之以事、而後其人可得也、若拘拘以其俗弊輕薄、純以德行、猶未嘗有其差、乾靈之神也、其登庸每必以衆議試任、故大臣以下各奉職勤、言動忠不隱、猶未嘗有其差、親親則漠々之失、遠之則塞、故明大臣之體、嚴其制、豐其祿、
訓読
蓋し人を知るの道は、內その言行を主とし、外その言行を察す。これを試みるに事を以てし、而して後にその人得べきなり。若し拘拘として、その俗弊輕薄を以てせば、純なる德行を以てするも、猶ほ未だ嘗てその差あらずんばあらず。乾靈の神なり。その登庸には每に必ず衆議を以て試み任ず。故に大臣以下各職を奉けて勤め、言動忠にして隱さず。親を親しめば則ち漠々の失あり、これを遠ざくれば則ち塞がる。故に大臣の體を明らかにし、その制を嚴にし、その祿を豐かにす。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
さて人を知る道といふものは、如何にしたらよいかと申しますと、内にはその人の言葉と行ひとを主として見究め、外にはまたその言葉と行ひとを観察する。そして実際の仕事によつてこれを試みて、そののちに初めてその人物を得ることが出来るのであります。もしこせこせと世間の弊害や軽薄な評判ばかりを気にして判断致しますならば、たとひ純粋な徳行を以て試みましても、なほ食ひ違ひが出ないといふことはないのであります。これは天つ神の御心を体するといふことでありまして、神々が人をお用ひになる時にも、常に必ず多くの者の議論によつて試みて任じられました。それであるから大臣以下それぞれの者が、その職を承けて勤め、言ふことも行ふことも忠実で隠すところがなかつたのであります。併しながら親しい者を親しむといふことになりますと、どうしても判断が甘くなつて漠然とした過ちが出て参りますし、反対にこれを遠ざけるといふことになりますと、実情が通じなくなつて塞がつてしまふのであります。それであるから大臣といふものの本体をよく明かにして、その制度を厳重にし、その禄をば豊かにして、身分に相応した処遇を与へるといふことが肝要なのであります。
解説
この段の原文・訓読は山鹿素行全集版『中朝事實』七・知人章十七「人を知るの道は、その言行を察するに在り」に依る。言行を内外から見る/事を以て試みる/衆議によつて任ずるという、人を知るための具体的な方法が示される。続けて親疎のジレンマ――親しめば判断が甘くなり、遠ざければ実情が通じなくなる――が指摘され、この難問への答へが最終段(kj225)に置かれる。
神知章 二百二十五近臣は知ること難く、遠臣は知ること易し(神知章の結び)底本 下巻 二百七十九〜二百八十頁
原文
或曰、近臣知之難、遠臣知之易、愚謂、近臣者、君之親昵、遠臣者、君之威名、遠臣知之難、近臣知之易、遠臣者君自試之、其及所不及、在其人也、近臣則自古未有近親之邪惡是非、以繫其膚、故其爲所大違、近臣如君自試之、其人以爲宗、其所學所狹、遠臣如其友、其所宗、其所學太廣、故或曰、近臣知之難、遠臣知之易、
訓読
或は曰く、近臣は知ること難く、遠臣は知ること易しと。愚謂へらく、近臣は、君の親昵なり。遠臣は、君の威名なり。遠臣はこれを知ること難く、近臣はこれを知ること易し。遠臣は君自らこれを試み、その及ぶところ及ばざるところは、その人に在るなり。近臣は則ち古より未だ近親の邪惡是非あらざるはなく、以てその膚に繫る。故にその爲すところ大いに違ふ。近臣は君自らこれを試みるがごとく、その人以て宗と爲すところ、その學ぶところ狹し。遠臣はその友のごとく、その宗とするところ、その學ぶところ太だ廣し。故に或は曰く、近臣は知ること難く、遠臣は知ること易しと。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
或る人は、近臣は知ることが難しく、遠臣は知ることが易しいと申します。素行はこれに対して自分の考へを述べて、近臣とは君主に親しく馴れ近づいた者であり、遠臣とは君主の威光と名声とによつて仕へる者であると申します。さう考へて見ますと、遠臣はこれを知ることが難しく、近臣はこれを知ることが易しいとも申せませう。遠臣は君主みづからこれを試みて、その及ぶところ及ばないところは、全くその人物次第であります。ところが近臣に就いては、昔から近しい者の邪悪や是非といふものがなかつたためしはなく、それが君主の御身にじかに関はつて参ります。それであるから近臣のなすところは、かへつて大きく食ひ違ふことになるのであります。近臣は君主がみづから試みるかのやうでありますが、その人物が尊ぶところ、学ぶところは狭くなりがちであります。遠臣はまるで友人のやうな関係でありますから、その尊ぶところ、学ぶところは、はなはだ広いのであります。それであるから、或る人の申す通り、近臣は知ることが難しく、遠臣は知ることが易しいと、素行も申すのであります。
解説
この段の原文・訓読は山鹿素行全集版『中朝事實』七・知人章十八「近臣は知ること難く、遠臣は知ること易し」に依る。近くにゐる者ほど見えない――肌身に触れてゐるからこそ判断が曇り、しかもその者の視野は君主の好みに合はせて狭くなる。遠くにゐる者は威名によつて仕へるから、かへつて公平に試すことが出来、学ぶところも広い。人を知ることの難しさを説き続けた神知章が、この一句で閉ぢられる。
神知章 二百二十六神知章 その七・完の結び底本 下巻 二百八十頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
かやうにいたしまして、神知章の全体を通観いたしますと、その一の岩戸隠れに始まり、天孫降臨に付き従つた五柱の神、経津主神・武甕槌神の成功、道臣命・大来目部の論功行賞、四道将軍という武官の始め、棟梁の臣武内宿禰、国郡の司を撰ぶこと、さうして武内宿禰が弟甘美内宿禰の讒言に遭ふといふ事件、これらを一貫して流れて居りますのは、人を知るといふことがいかに難しいかといふ一事であります。神々ですらはじめは人を得ることに苦心なされた。忠臣中の忠臣たる武内宿禰ですら、一朝にして命を失ひかけた。これほど人を知るといふことは、容易なことではないのであります。それゆゑに素行は、最後にこれを総括して、天下の治道は人を得るより大なるはなし、大臣・守令・近親の三つ、文臣・武臣・舊老の臣・勳功の臣の四つを数へ、言行を内外から見極め事を以て試みるといふ方法を示し、さらに近臣と遠臣とそれぞれの知りやすさ知りにくさを説いて、章を結んだのであります。神知章はここに終りますが、次に読み進めます聖政章では、この人を知るといふ心構への上に立つて、いかに政治の制度を整へるかといふことが説かれて参ります。人と制度と、両々相俟つてはじめて政治は全うされるのだといふことを、素行はこれから聖政章に於て明かにして行くのであります。
解説
原文には對應する漢文がなく、小林一郎の講義による敷衍箇所である。神知章は全十八節(全集版cj01〜cj18)にわたり、その一(五十四冊目)からこの七(六十冊目)まで七冊を費やして読本化した。人を知ることの難しさという主題は、岩戸隠れの神々の苦心から、武内宿禰の讒言事件という具体的な悲劇、そして「大臣・守令・近親」「言行を見る・事で試す・衆議による」「近臣と遠臣」という理論的整理まで、一貫して流れてゐる。作業メモに記された通り、「制度より人」(神治章・神知章)――聖政章十六〜十八で修正され、以後はその上に立つという全体構成の中で、神知章はまさにこの「人」の側を担ふ章として位置づけられる。神知章はここに完結し、次は聖政章へと講義が進む。