神知章 百九十一素行の言葉 ── 衆議を尽すの深意底本 下巻 二百二十〜二百二十一頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
素行が更に自分の意見を附け加へて申しますのには、此の天孫御降臨に先立つて、日本の国土を予めよく平らげる為に遣はすべき者をお選びになつたといふことは、卽ち神代に於て人を登庸するのを慎むといふことの範を示されたものと考へられるのであります。天照大神といふ方は非常に御智慧の勝れた方でいらつしやるのでありますから、さういふ方がお考へになれば、多勢の臣下の意見などをお聞きになる必要はないのであります。丁度太陽が凡ての物を悉く照して、モウ隅から隅までがお判りになつて居らつしやるやうに、神として多勢の者もこれを仰ぎ尊んで居つたに相違ない。それで御自分の御考へだけで万事を決定されば宜しいのであるのに、『衆議を尽して』――多勢の意見を聞いて、多勢の意見にお従ひになつたといふことは、国の大事を決定するのでありますから、特に之を重んぜられて、万一失敗があつてはならぬといふやうな深いお心持が、此の事実に現はれたものと見て宜しいのであります。これは実に多くの人の上に立つ方のお手本とすべきものでありまして、縦ひ自分がどれほど勝れた智慧を持つて居ても、其の智慧を頼みにして他の者を軽く視るといふことであると、他の者は一心になつてお輔け申すといふ気分にならない。多勢の者の意見を聞いて決定されたことは、其の意見を聞かれた人々も皆責任があり、また上に立つ方は其れほどに吾々を重んじて下さるのだといふことをよく知つて居ますから、協力一致致しまして、如何なる大事にも当らうといふ覚悟をもつのであります。人の上に立つのにはこれだけの度量がなければならないのであります。
解説
原文には對應する漢文がなく、小林一郎の講義による敷衍箇所である。その一の結び(kj190)で結ばれた「登庸の議」を承けて、素行はここで更に一歩踏み込み、天照大神ほどの全知の主でさへ『衆議を尽す』ことを重んじたという点に注意を促す。全知と衆議とは矛盾しない――むしろ独断を避けるところにこそ、失敗を防ぐ深慮があるという指摘は、次段以降の人選失敗の逸話への伏線になつてゐる。
神知章 百九十二真に頼むべき人物 ── 天穂日命・天稚彦の教訓底本 下巻 二百二十一頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
ところが人を挙げるといふことになりますと、なかなか本当に勝れた人物といふものは容易に得られないものであります。成程才能のある者もあり、また智慧のある者もあるけれども、本当に自分の私を捨てて、心に迷ひのない、公平無私な人間でないと、富貴を以て誘はれれば其の方に心が移りますし、勢力を以て脅かされれば其の威に己れを屈するやうになる。またその他さまざまな誘惑に遭ふといふことはどうも已むを得ない。それで前に遣はされた天穂日命とか天稚彦とかいふのは、何れも多勢の神々に依つて希望を嘱せられるほどの勝れた才能はあつたのでありませうけれども、天穂日命は大己貴神に媚びてしまつて自分の使命を果さなかつたとか、或は天稚彦の如きは下照姫といふ妻を娶つて、其の愛に惹かされて自分の使命を果さなかつたとかいふやうなことになりました。非常な決心がないと、才能があつても智慧があつても、其の任務を全うするといふことの出来ないものであります。これは後世の者も大いに考へなければならないことであります。どうも人間は誘惑に負け易いものでありますから、之を深く戒めないと、折角の才能が実際の役に立たないで終るといふ場合も少くないのであります。
解説
原文には對應する漢文がなく、小林一郎の講義による敷衍箇所である。前冊その一の中心であつた天穗日命・天稚彦の失敗(kj187)を、ここで才能と決心の対比として捉へ直す。「人の質は、美なるありと雖も、富貴威声の場に卓立すること能はず」(kj189)という謹按の要旨を、より平易な言葉で先取りする形になつてゐる。
神知章 百九十三経津主神・武甕槌神の成功 ── 香取神・鹿島神としての顕彰底本 下巻 二百二十二〜二百二十四頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
先づ此の二人の神々は斯ういふことで失敗をされたのでありますが、これに反して経津主神、武甕槌神といふ方々は、本当に確乎抜くべからざる所の決心があつて、国の為には自分の私を捨てるといふ、動かすべからざる所の覚悟がありましたから、それでどういふ誘惑にも負けず、又どんな脅迫に遭つても、そんな脅迫の為に心を動かすといふことはなかつた。斯ういふ頼もしい方々を降されましたから、初めて此の国土を平らかにするといふことが出来て、無事に其の任務を果したといふ復命を致されたのであります。それから後に至つて、天孫御降臨以後には何れも東の方に退いて、さうして引続き天孫の御力となり、日本の国を経営する上に於て大きなる功勲があつたのであります。それで経津主神といふのは今は香取の神としてお祀り申上げて居り、武甕槌神といふのは鹿島の神としてお祀り申してあります。何れも武勇の神として後世に至るまで之を崇敬致し、殊に武士は此の二社の神を敬つて、自分達の武運をお護り下さるやうにお祈りを申上げるといふことになつて居ります。此の二柱の神は天照大神の御心をよく察して、どうも何時までも天孫を降す時機が来ないのを甚だ残念に思召したといふことをよくお察し申上げたものでありますから、自分達があらゆる艱難をして此の国土を平らげることに力を尽しました。其の決心といふものは実に勝れたものであると申さなければならないのであります。(北畠親房が神皇正統記に記す所に依れば、天孫御降臨の事も或は天照大神の思召とも、或は高皇産霊神の思召とも申してありますが、二神の思召は何時も一致していらしつたものと解すべきであります。)此の時代は草昧の時代、卽ち世の中が未だよく治まらない。『草昧の中』といふのは非常に困難といふことで、困難の中に於て大いに働いて其の好い結果が後まで遺つたといふのは、此の経津主神と武甕槌神との二柱の神が卽ち大丈夫と称すべき所の力量と、又其の覚悟とを持つて居られたからであると申さなければならないのであります。それで此の二柱の神々も実に勝れた方であるけれども、又斯ういふ方を任用された所の天照大神の人を知る御力といふものも実に勝れたものでありまして、人を得ることも難いが、又人を知ることも難いので、後世の者は此の勝れた事蹟を手本として、銘々に自ら省みて其の過ちのないやうに努めなければならない訳であります。
解説
原文には對應する漢文がなく、小林一郎の講義による敷衍箇所である。香取神・鹿島神としての後世の顕彰に言及するのはこの冊のみの記述で、経津主神・武甕槌神の成功を、単なる神話の一挿話としてでなく、現在に至るまで武士に崇敬される由来として位置づけてゐる。北畠親房『神皇正統記』への言及は、次段以降に引かれる「一書」の出典としても重要である。
神知章 百九十四人を知ることの再論 ── 支那先儒の言底本 下巻 二百二十三〜二百二十四頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
支那の昔の学者の言つた言葉にも、人を知るといふことは難しい。昔の堯とか舜とかいふやうな聖人と言はれた君主でも、人を知るといふことを一番心配になさつた。人を得さへすれば天下は何時でもよく治まるのだといふことを申して居ります。孔子も又人物を選ぶのは容易ではない。其の人の言葉を聞いただけではいけない。口先だけでは随分巧いことを言つても、実行の伴はないといふ者が多いのだから、其の言葉を聞いて、それから其の人の行ひを見て、其の言ふ所と行ふ所とが一致して居つたならば、初めてこれを勝れた人物と見て、之に大切な任務を典へても宜いといふことを言つて居られますが、何と言つても人を得るといふことが非常に難しいので、卽ちこれを『中外以て難しと称す』――支那でも日本でも、何処の国でも人を得るといふことが非常に大切だといふことを、昔から教へられて居るのでありますから、後世になつても無論此の点に深く意を用ひなければならないのであります。
解説
原文には對應する漢文がなく、小林一郎の講義による敷衍箇所である。その一の結び(kj190)で引かれた『論語』の「言を聴きて行を観る」を、ここで改めて敷衍する。堯舜ですら人を知ることを苦しんだといふ先儒の言を繰り返すことで、人を知ることの難しさは古今東西を問はないという主題を、次の三種神器・五部神の段(kj195)へと橋渡ししてゐる。
神知章 百九十五天照大神、天孫に三種の神器と五部神を賜ふ底本 下巻 二百二十五頁
原文
天照大神乃賜天津彦火瓊瓊杵尊八坂瓊曲玉及八咫鏡・草薙劒三種寶物、又以中臣上祖天兒屋命、忌部上祖太玉命、猿女上祖天鈿女命、鏡作上祖石凝姥命、玉作上祖玉屋命、凡五部神、使配侍焉、
一書曰、天孫天降給時、天兒屋根命・天太玉命、奉勅而左右扶翼、
謹按、是擇臣之始也、今之世之左右之相、如今日歟、凡爲治之道、在人、況又艱屯之時乎、蓋世臣之舊德、屯難之時見、而其風榮以其瞻於時足矣、
訓読
天照大神乃ち天津彦火瓊瓊杵尊に八坂瓊曲玉及び八咫鏡・草薙劒三種の寶物を賜ふ。又中臣の上祖天兒屋命、忌部の上祖太玉命、猿女の上祖天鈿女命、鏡作の上祖石凝姥命、玉作の上祖玉屋命、凡て五部の神を以て、配へ侍らしむ。
一書に曰く、天孫天降りたまふ時、天兒屋根命・天太玉命、勅を奉けて左右に扶翼す。
謹みて按ずるに、是れ臣を擇ぶの始なり。今の世の左右の相、今日の如きか。凡そ治を爲すの道は、人に在り。況んや又艱屯の時をや。蓋し世臣の舊德は、屯難の時に見はれ、而してその風榮は以てその時に瞻るに足れり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
次には天孫御降臨の当時の事実を挙げられて居るのでありますが、此の事も前に出て居りまして、重ねて出て居るのでありますから、説明を加へるには及ばないと思ひますが、たゞ此の事を重ねて出された意味は、人を得るといふことが大切だといふことの実際の証拠として出て居るのであります。卽ち天照大神は天津彦火瓊瓊杵尊に、八坂瓊曲玉と八咫鏡・草薙劒といふ三種の宝物を賜つた上、更に中臣の遠祖天兒屋命、忌部の遠祖太玉命、猿女の遠祖天鈿女命、鏡作の遠祖石凝姥命、玉作の遠祖玉屋命、都合五柱の神を輔佐として附けて、此の日本の国土に降されたといふのであります。無論天孫は天照大神の御孫に当られる方でありますから、智慧もあり、徳も勝れて居られる方であるけれども、それでも一人だけでなく、五人までも有力な方々を附けて、此の国にお降しになつたといふことは、人物が揃はなければ如何なる大事をも成就することが出来ないといふ意味からでありまして、後世に至つてもこれを御手本としなければならぬ訳であります。それからまた別の一書にはかうもあります。天孫が天降りになる時、天兒屋根命・天太玉命が勅を奉じて左右に扶翼したと。今の世の左右の大臣も、丁度これと同じでありませう。そこで謹んで按ずるに、これが臣を選ぶことのはじめであると素行は申します。凡そ国を治める道は人にある。まして艱難の時代にあつてはなほさらのことである。世々仕へた臣下の古い徳といふものは、困難な時にこそ現れるもので、其の風格の勝れて居ることは、其の時に当つてよく見て取れるものであると申すのであります。
解説
この段の原文・訓読は山鹿素行全集版『中朝事實』七・知人章七「五部神を配侍せしむ」に依る(原文は同書の校訂に従ひ、対応する現代語訳を欠く末尾の一句「初運動之勞、不學於功人、及豐厚」は、全集版でも訓読・現代語訳が付されてゐないため、この読本でも収めなかつた)。神器章・皇統章にも引かれた記事だが、そこでは三種の神器という「器」に重心があつたのに対し、ここでは五部神を配した「臣を擇ぶの始め」として読み直される。器と人――両者は表裏をなす。文中の一書(天兒屋根命・天太玉命の扶翼)は、北畠親房『神皇正統記』にも同趣旨の記事があり、次段以降で小林が引く二つの一書とあはせ、天孫を輔けた神々への関心の高さがうかがへる。
神知章 百九十六一書(一)── 宝鏡奉斎の神勅底本 下巻 二百二十六〜二百二十七頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
ここにまた別の伝説が挙げられて居りますが、此の事も前に引かれて居るのでありますから、別に詳しい説明は致しませぬ。一書に曰く、天照大神は手ずから宝鏡を持たれて天忍穂耳尊にお授けになつて、祝つて仰せられるには、我が子よ、此の宝鏡を見ることは当に我を見るが如くせよ、与に床を同じくし殿を共にして、斎鏡とせよと。復た天兒屋命・太玉命に勅して、汝ら二神も同じく殿の内に侍つて、善く防ぎ護ることを為せと仰せられた。たゞ注意すべきは、此の『善く防ぎ護ることを為せ』といふお言葉でありまして、一往の意味では三種の神器を防ぎ護るといふやうに解釈されます。此の神器は非常に大切なものであつて、日本の国を治める方が御身の側に置かれて始終これを守護して居られるのでありますから、それで此の二柱の神も同じ御殿の中でお側に居つて、さうして此の神器を防ぎ護るやうに力を尽せと、斯ういふやうに一通り解釈されるのであります。併しモウ少し深入りして考へて見ますと、神器をお授けになつた際には前にもありましたやうに、『これを視ること吾を視るがごとくせよ』と仰せられた。卽ち天照大神の御精神が此の神器に宿つて居るのでありますから、たゞ鏡とか玉とかを大切にするといふことだけではなく、卽ち天照大神の御精神を失はないやうに此の国を治めて行くことが肝要なのであつて、其の国を治めることに於て欠けたところのないやうに、手落ちのないやうに何処までも力を添へて行くやうにといふ、御趣意であつたと考へなければならない訳であります。これが本当に君を輔けるといふことでありまして、たゞ忠実にお側に居つて、命令を受けた通りのことをやるといふのは、大して難しいことではないのでありますが、国の将来を考へて、誠心を以て君を輔けるといふことが本当に人臣たる者の務めでありまして、謂はゆる臣の道といふものは斯くの如くにしてよく果されるのであります。後世に至つても斯ういふ点に大いに意を用ひなければならぬことなのであります。
解説
原文には對應する漢文がなく、小林一郎の講義による敷衍箇所である。此処に引かれる一書は『日本書紀』巻二の異伝で、山鹿素行全集版『中朝事實』にはこの部分に対応する記事が見えない。天照大神が『視ること吾を視るがごとくせよ』と宝鏡に自らの神霊を宿したという一節は、神器章でも重視された神器に宿る精神という主題を、天兒屋命・太玉命という人臣の側から照らし直すものである。
神知章 百九十七一書(二)── 天孫の武装、鳴鏑矢底本 下巻 二百二十七〜二百二十八頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
また別の一書には、高皇産霊尊が真床覆衾を以て天津彦国光彦火瓊瓊杵尊を裹み、天磐戸を引き開き、天の八重雲を排し分けて、之を降し奉つたとあります。此の時大伴連の遠祖天忍日命、来目部の遠祖天槵津大來目が、背に天磐靫を負ひ、腰には稜威の高鞆を着け、手には天梔弓・天羽羽矢を執り、及び八目鳴鏑を副へ持ち、又頭槌剣を加へ帯びて、天孫の御前に立つて道案内をし、日向の襲の高千穂の峰にお降りになつたといふのであります。此の事実も大体前にあるのでありますから、別に説明を致しませぬが、たゞ此の天孫を守護して居つた神々が、皆武器を持つて居つたといふことに注意すべきであります。『天磐靫』といふのは、謂はゆる矢を入れる箙のことであります。それから『高鞆』といふのは弓を射る時に肘に着ける皮の防具であります。それから『鳴鏑矢』といふのは之を放つと非常に高い音のする矢でありまして、これは悪魔を祓ふといふやうに考へられ、後世に至つても何か怪物が出ると、鏑矢を以て射て、其の音を立てて悪魔の出没を祓ふといふやうなことがあります。無論国を治めるのには徳を以て治めなければならぬのでありますけれども、併しながら威といふものがなければ令は行はれない。人が侮つて居つては命令が行はれない。命令が行はれなければ如何に善い政治をしようと思つても、謂はゆる仁政を行ふといふことは出来ないのでありますから、国の建てられた初めに於て、徳を以てすると共に、また武力といふものを大切にされたといふ意味が、此の事実によく現はれて居るやうであります。決して武力を以て無理を押通さうといふのではなく、仁政を行ふが為に武力を用ひなければならぬといふのが、建国の初めからの精神でありまして、今に至るまでも此の精神といふものが、ズツト伝はつて参つて居るのでありますから、此の点を特に注意すべきであります。
解説
原文には對應する漢文がなく、小林一郎の講義による敷衍箇所である。此処に引かれる一書も『日本書紀』巻二の異伝で、素行全集版にはやはり対応する記事が見えない。天孫の随従者が皆武器を帯びてゐたという点への着目は、次段(kj198)の「文武」の徳目を、神話の場面から裏づける伏線になつてゐる。
神知章 百九十八臣に文武あり、大小あり、親疎あり(その二の結び)底本 下巻 二百二十九〜二百三十二頁
原文
凡臣有文武、有大小、有親疎、一毛闕之時不全、文武者、經綸康濟、近親之侍臣者、安危之寄、職之親者、習綺之移有、而其天下之本繫者一也、又天孫依賴之任、付以正皇統、以養其德、故何強擧之服、雅俗之敎不亂、
訓読
凡そ臣に文武あり、大小あり、親疎あり。一毛もこれを闕くの時は全からず。文武は、經綸康濟なり。近親の侍臣は、安危の寄せなり。職の親しき者は、習綺の移るあり。而してその天下の本に繫る者は一なり。又天孫依賴の任は、付するに以て皇統を正し、以てその德を養ふ。故に何ぞ強を擧げてこれを服せしめん。雅俗の敎亂れざらんや。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
謹んで按ずるに、そもそも臣には文と武とがあり、大と小とがあり、親しい者と疎い者とがある。一筋の毛ほどでもこれを欠く時は全きを得ない。文武といふものは、天下を経綸し民を安済することであります。近く侍る臣は、安危の寄せ所であります。職の親しい者は、習ひ性となつて君の好みが移りゆくといふことがある。而してその天下の本に繋がるところは一つであります。また天孫が頼みとされた任務は、皇統を正しくし、その徳を養ふことを以て付けられた。故に何ぞ強ひてこれを服せしめようか。雅俗の教へも乱れることはないのであります。凡そ臣下といふものにも斯ういふ種々の分限があつて、一つとして欠くべからざるものでありますから、人の上に立つ方は、其々の臣下の性質をよく見分けて、其の適材を適所に置くといふことが大切であります。殊に職の近い者、たとへば側近くお仕へする者などは、知らず識らずの間に君主の好悪が移りゆくといふ観察も鋭いものでありまして、後世の君主たる者、また人臣たる者、双方共にこれを深く戒めなければならないのであります。
解説
この段の原文・訓読は全集版『中朝事實』七・知人章八「臣に文武あり、大小あり、親疎あり」に依る。人材の分類――文と武、大と小、親と疎――が示され、「一毛もこれを闕くの時は全からず」と説く。底本ではこの後も謹按がなほ続き、五部神の配侍・輔弼大臣の任などに説き及んで、『後、官を立て人を任ずる、忽せにすべけんや』の句で結ばれるが、影印の彫朽が甚だしく、ここでは大意にとどめてその二の一区切りとする。次のその三では、素行がなほ自ら加へる「臣才の選」の議論と、神武天皇御東征・道臣命の功績を承けて講義が進む。