神知章 百八十三神知章 序 ── 人を知るの要底本 下巻 二百九頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
次には『神知章』といふのであります。此の『知』といふことにも種々ありますが、国を治める重要な地位に立つ人の最も肝要とするのは、人を知るといふことであります。前にも屡々説いてありますやうに、如何に聖人のやうな君主でも、一人の力を以て万事をする訳には行かないので、卽ち其の下に賢者を挙げ用ひて、其の賢者の輔けに依つて国を治めるといふことが肝要なのであります。其の人が得られれば、君主たる人は絶えず心を悩ましませぬでも其の国はよく治まりますし、若し其の人を得なければ、如何に君主が一人で焦つた所が、泰平を見るといふことは出来ませぬ。それで支那の儒教などでも、人の上に立つ者は、人を知るといふことを第一としなければならぬといふことが屡々説かれてあります。日本でも御歴代の天皇は然るべき人物をお用ひになつて、其の然るべき人物に万事を任されて、これを信任せられたので、国がよく治まつて参つたのであります。これは神代の頃からズツと其の例が多かつたので、それ等の事に鑑みて、何でも人をよく見分けるといふことが肝要だといふ教訓としてあるのであります。此の事は無論国を治める上に於て大切なことでありますが、併し何の事業を成すのでも、決して一人で出来るものではありませぬ。何でも詰らない人間を集めて自分一人で威張つて居らうといふ考へでは、小さい仕事は出来るか知らぬけれども、大きい事を完成するといふ訳には行かないので、独り政治の上のみならず何事を経営するに就いても此の心掛けは大切なものと思はなければならないのであります。
解説
原文には對應する漢文がなく、小林一郎の講義による神知章の序説にあたる。神治章が「制度」を論じたのに対し、神知章は「人を得る」ことを主題とする。その二十二(kj181・kj182)で論じられた「制度と人」の議論を承け、章を改めて「人を知る」ことそのものを掘り下げる構成になつてゐる。
神知章 百八十四八十萬神、天安河邊に會す ── 岩戸隠れ(再説)底本 下巻 二百十〜二百十二頁
原文
天照大神乃入于天石窟、閉磐戸而幽居焉、故六合之內常闇、而不知晝夜之相代、于時八十萬神、會於天安河邊、計其可禱之方、故思兼神深謀遠慮、遂集常世之長鳴鳥、使互長鳴、亦以手力雄神立於磐戸之側、而中臣連遠祖天兒屋命・忌部遠祖太玉命、掘天香山之五百箇眞坂樹、而上枝懸八坂瓊之五百箇御統、中枝懸八咫鏡、下枝懸青和幣・白和幣、相與致其祈禱焉、又猿女君遠祖天鈿女命、則手持茅纏之矟、立於天石窟戸之前、巧作俳優、亦以天香山之眞坂樹爲鬘、以蘿爲手繦、而火處燒覆槽置、顯神明之憑談。
訓読
天照大神乃ち天石窟に入りまして、磐戸を閉ぢて幽居しぬ。故に六合の內常闇にして、晝夜の相代るをも知らず。時に八十萬神、天安河邊に會して、その禱るべきの方を計る。故に思兼神深く謀り遠く慮りて、遂に常世の長鳴鳥を集めて互に長鳴きせしむ。亦手力雄神を以て磐戸の側に立てて、中臣連の遠祖天兒屋命・忌部の遠祖太玉命、天香山の五百箇眞坂樹を掘りて、上枝には八坂瓊の五百箇御統を懸け、中枝には八咫鏡を懸け、下枝には青和幣・白和幣を懸けて、相與にその祈禱を致す。又猿女君の遠祖天鈿女命は、則ち手に茅纏の矟を持ち、天石窟戸の前に立ちて、巧に俳優を作す。亦天香山の眞坂樹を以て鬘と爲し、蘿を以て手繦と爲し、火處燒き覆槽置きて、顯神明の憑談をす。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
これは天照大神が石窟にお籠もりになつたのを、再び世の中にお出ましになるやうに取計らつた前後の事情を申してあるのでありますが、大体前にありました所と同じでありますから、前に挙げられた所に就いては説明を略しますが、思兼神といふ方が非常に思慮の深い方であつたので、此の思兼神のお考へに依つて多勢の神々の力を集めて、これに依つて天照大神が再び世の中にお出ましになつたといふのであります。そこで前にあつた以外の言葉は余り沢山ありませぬが、『蘿』といふことがあります。これは『ひかげかづら』といふ、蔓の長く伸びる草でありまして、これを鬘に掛けたといふのであります。それから火を焚きまして覆槽を置かしたとあります。『覆槽』といふのは物を容れる所の桶のやうなものを逆さにしたので、其の逆さにした桶の底を棒で叩いて、これに合はせて天鈿女命が踊りを踊られたといふことであります。それから『顕神明之憑談』といふことがありますが、これは或る心持を形に表はすことを言ふので、卽ち天照大神が世の中に再び御出御になれば、国は洵によく治まつて、皆満足するであらう、皆が喜ぶであらうといふ心持を其の姿に表はして、天照大神が再び世の中に御出御になることを懇請する、といふ精神を其の踊りに表はしたのであります。斯ういふやうに様々に手を尽したものでありますから、天照大神もこれは不思議なことだと思召されました。自分が居なくなれば、世の中はまるで真暗闇になるであらうと思つた所が、さうでもない様子である。若し斯ういふやうに皆が心を揃へて、世の中のことを何でも無事にやつて行かうといふ積りならば、必ずしも引込んで居るにも及ばない。自分も外へ出て共に力を一つにして、再び此の国を経営して行かうといふやうなお考へが動いたものでありますから、此の機会を逸せず、多勢の神々が懇請して再び世の中にお出ましになるやうに計らつたといふのであります。卽ち多勢の誠心が自ら通じて、さうして再び世の中が明るくなつたといふのであります。併したゞ誠心と申しても、多勢の力を集めるに就いて其の方法が立たなければならぬものでありますから、其の継事は思兼神といふ、非常に考への深い方がお計らひになつた。卽ち其の道を得れば、多勢の人の力を以てどういふ事をも必ず成就することが出来るといふ意味を、此の事蹟がよく表はして居るものと、斯う考へられるのであります。
解説
この段の原文は山鹿素行全集版『中朝事實』七・知人章一「八十萬神、天安河邊に会す」と一致する。岩戸隠れの物語は神教章にも引かれた場面だが、そちらでは「思ふことと学ぶこと」の原型として読まれたのに対し、ここではそれぞれの神が持ち場を果たしている、その配置そのものが主題になる。謀る者(思兼神)、力を出す者(手力雄神)、祭る者(天兒屋命・太玉命)、演ずる者(天鈿女命)――危機に際して顔ぶれがそろつてゐたことを、次段以降の謹按で賞讃する。
神知章 百八十五謹按(一) ── この時、人才最も盛んなる哉底本 下巻 二百十三〜二百十四頁
原文
謹按、此時人才最盛哉、凡事得其人、則其道明矣、天地常靖之時、不可得非常之人、非常之人、不可以常事得之、當非常之時、以非常之事、得非常之功、雄毅以盡其難、寬優以盡其道、而后大成、蓋才之大成、知以遠慮、仁以力行、勇以果斷、三德在此、故思兼神其任在知、手力雄神其任在勇、天兒屋命・太玉命其任在仁。
訓読
謹みて按ずるに、この時人才最も盛なる哉。凡そ事その人を得れば、則ちその道明らかなり。天地常靖の時には、非常の人を得べからず。非常の人は、常事を以てこれを得べからず。非常の時に當りて、非常の事を以て、非常の功を得。雄毅以てその難を盡くし、寬優以てその道を盡くして、而して后に大成す。蓋し才の大成は、知は以て遠慮し、仁は以て力行し、勇は以て果斷す。三德ここに在り。故に思兼神その任は知に在り、手力雄神その任は勇に在り、天兒屋命・太玉命その任は仁に在り。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
素行が更に自分の意見を附け加へて申しますのには、此の天照大神が再び世の中に御出御になるといふ結果を得たに就いては、多勢の力が集まつた為めなのであつて、実に人材の最も盛んな時代であつたと考へなければならない。一体何事でも人を得なければ実行の出来ないもので、どれほど高い理想を立てて居つても、之を実行しなければ何にもならず、また実行するには其の人がなければならぬので、人を得なければ決して道は明かにならないのであります。天照大神が石窟の中をお退きになつて、天地の間が常闇のやうであつたといふ此の場合に、再び元の明るい世の中に引戻すのは、非常な才がなければ出来ないことである。非常の才があつて初めて非常の功が立つので、其の才を集めるといふことが何より肝要なのであります。そこで才がなければならぬといふけれども、其の必要なる人物を大体分けて見ると、先づ大切なのは思慮の最も深い人であります。どういふ風にしたならば好い成績が挙がるかといふことをよく考へて、其の大概の計画を立てるといふことが第一なのであります。其の次には勇気が大切であります。どんな良い計画が立つても、之を実行しなければ効果は挙らない。実行するのには何等かの困難もあり、何等かの障りも起る。其の困難を排し、其の障りを除いて実行するといふのが卽ち勇気であります。それで勇気があつて初めて、其の思慮の深い人の計画が事実の上に効果を現はして参るのであります。併しまたどれほど勇気があつても、勇気だけではいかぬので、『雄芸以て其の用を尽す』──いろいろな実際の働きをする人があつて、其の働きに依つて其の才資を事実に現はして行くといふことが出来るのであります。或はまた『寛優』と言つて、ゆつくりした心持で互ひに和合して行かなければならぬ。卽ち此の桶を叩くとか、踊るとかいふやうなことを楽しむやうな気分といふものも必要であります。何でも早く成功を得たいといふやうなことでは、良い結果が得られるものではありませぬから、斯ういふやうな悠々たる気分といふものも、困難を越えなければならぬ場合に於ては最も肝要なものであります。これ等の凡ての条件が具はれば『大に成る』ので、其の結果といふものは、必ず立派に現はれて来るに相違ないのであります。
解説
この段の原文は全集版『中朝事實』七・知人章二「この時、人才最も盛んなる哉」と一致する。神器章の三德(玉=仁、鏡=知、劒=勇)が、ここでは神々の配役として現れる。思兼神=知、手力雄神=勇、天兒屋命・太玉命=仁。器の三徳が人の三徳に移されてゐるのである。「天地常靖の時には、非常の人を得べからず」――平時には非常の人材は現れない、危機こそが人を見出すというのが素行の人材観である。
神知章 百八十六謹按(二) ── 仁は乃ち勇を行ふべし底本 下巻 二百十四〜二百十六頁
原文
仁乃可以行勇、天兒屋命・太玉命是也、其得三德者、其唯天鈿女命歟、勇以果斷、手力雄神、天鈿女命是也、其得之者、三德在此、故非常之時、非非常之人、不可得非常之功、天地常靖之時、必以常道求之。
訓読
仁は乃ち以て勇を行ふべし。天兒屋命・太玉命是なり。その三德を得たる者は、それ唯だ天鈿女命か。勇は以て果斷す、手力雄神、天鈿女命是なり。それこれを得たる者は、三德ここに在り。故に非常の時は、非常の人にあらずんば、非常の功を得べからず。天地常靖の時は、必ず常道を以てこれを求む。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
ところで斯ういふやうな方々がお揃ひになつたから、天照大神が再び世の中に御出御になつたといふことであらうが、此の時の神々は八十万といふのでありますから、非常に多かつたに相違ない。此の多勢の神々の中に於て、人を選ぶといふことになると、今此処に名を挙げられたホンの僅かの方に過ぎない。それであるから『才の難き』──勝れた人を得るといふことは非常に難しいのであつて、神代の時から既に此の通りである。されば世の中に於て何か事業を成さうといふ場合に於ては、勝れた人を得るといふことに最も力を用ひなければならぬので、世間に人の数は多いけれども、なかなか実際の役に立つ人といふものはさう多くはないのであるから、其の勝れた人が見付かつたならばこれを速く用ひて、其の働きを尽させるやうに努めなければならぬ、また一方に於ては人物を養成して、本当に国の役に立つ人の絶えないやうに、将来の為に計画を立てるといふことも極めて必要なのであります。そこで世の中の為に働くと申しても、其の重要な点は三つある。一つは『知を重んずる』といふことであります。智慧がなければ先の先の事までは判らないから、其の先の事までも計画を立てるのは知の力であります。思兼神といふ方は知の上に於て最も勝れた方であると考へられる。それからまた其の計画を立てて、これを実行するのには困難が必ず起る。其の困難を排してやるには自分の私を捨てなければならぬ。自分はどうなつても宜しい、世の中の為になるならば何処までも骨折らうといふ心持で受けなければならぬ。これが卽ち仁であつて、仁といふ徳がありまして初めて物事を実行することが出来ます。それで天兒屋命、太玉命といふやうな方は、先づ仁の徳を具へた方であると申して宜しいのであります。それから実行と言つても、最後に実行の効果を挙げるのには勇がなければならぬ。思ひ切つてやるといふだけの人が居ないと、何事でも最後の成功といふものが見られない。卽ち此の勇といふものが知、仁と相俟つて事を成す上に於ての最も大切な働きをなすのであります。手力雄命や天鈿女命が石窟の側に立つて居つて、天照大神の御手を取つて引出して、世の中を明るくすることが出来たといふのは、謂はゆる勇の徳の現はれたものと言つて宜しいのであります。斯う考へて見ると、知仁勇といふ三つの徳が皆ここに揃つて居るわけであります。『知仁勇三つの者は天下の達徳なり』といふことを中庸の中で孔子が言つて居られまして、知仁勇の三つが揃ひさへすれば、世の中のどういふ事でも必ず成就するといふのでありますが、此の場合には知仁勇の三つの徳が揃つて、一度暗闇になつた世の中がまた明るい昔に戻つたと考へられるのであります。さうして万代の後までも此の恵みを受けて、天照大神の皇孫が日本の国にお降りになつて、日本の国が永く栄えて行くといふのも、要するに此の時に天照大神が再び世の中に御出御になつたといふことが本なので、実に天下後世に至るまでも永く此の恩恵を受けて居るのであります。これ全く其の人を得た為めであるので、才の美を得るといふことは、此の時に於て実に至れり尽せりであつたと謂はなければならないのであります。而して吾々は之を神代の事に過ぎないと見過ごさないで、人間が世の中に立つて大事を成すといふ場合に於ては、何と言つても勝れた人を得るといふことが肝要でありますから、何時でもこれからの事に心を用ひることを怠らぬやうにしなければならないのであります。
解説
この段の原文は全集版『中朝事實』七・知人章三「仁は乃ち勇を行ふべし」と一致する。素行が天鈿女命を「三德を得たる者」と評するのが目を引く。石窟の前で舞ひ演じた神である。危険な役どころに自ら立つた勇、場を和ませた仁、そして何をすれば戸が開くかを見きはめた知。芸能の神に三徳が揃つてゐると読むところに、素行の人材観の幅広さが出てゐる。『知仁勇三つの者は天下の達徳なり』は『中庸』第二十章の句である。
神知章 百八十七二度の失敗 ── 誰を遣はすべきぞ底本 下巻 二百十六〜二百十八頁
原文
皇祖高皇産靈尊、欲立皇孫爲葦原中國之主、然彼地多有螢火光神及蠅聲邪神、復有草木咸能言語、故高皇産靈尊召集八十諸神、而問之曰、吾欲撥平葦原中國之邪鬼、當遣誰者宜也、惟爾諸神、勿隱所知、僉曰、天穗日命是神之傑也、可不試歟、於是俯順衆言、即以天穗日命往平之、然此神佞媚於大己貴神、比及三年、尚不報聞、故其子大背飯三熊之大人、亦順其父、遂不報聞、故高皇産靈尊更會諸神、問當遣者、僉曰、天國玉之子天稚彦是壯士也、宜試之、於是高皇産靈尊賜天稚彦天鹿兒弓及天羽羽矢、以遣之、此神亦不忠誠、來到即娶顯國玉之女子下照姫、遂欲有其國、報命不至、于時高皇産靈尊、更會諸神、選當遣者、僉曰、可遣經津主神・武甕槌神、于時二神於是降到出雲國五十田狹之小汀、二神誅諸不順鬼神等、果以復命。
訓読
皇祖高皇産靈尊、皇孫を立てて葦原中國の主と爲さんと欲す。然れども彼の地には螢火の光く神及び蠅聲なす邪しき神多くあり。復草木咸く能く言語ふあり。故に高皇産靈尊八十諸神を召し集へてこれに問ひて曰はく、吾れ葦原中國の邪鬼を撥ひ平げんと欲ふ。當に誰を遣はすべきぞ。惟れ爾諸神、知るところを隱しましそと。僉曰さく、天穗日命はこれ神の傑れたるなり。試みたまはざるべけんやと。ここに於いて俯して衆言に順ひ、即ち天穗日命を以て往きてこれを平けしむ。然れどもこの神大己貴神に佞媚して、三年に比るまで尚ほ報聞さず。故にその子大背飯三熊之大人も、亦その父に順ひて、遂に報聞さず。故に高皇産靈尊更に諸神を會めて、當に遣はすべき者を問ひたまふ。僉曰さく、天國玉の子天稚彦はこれ壯士なり。宜しくこれを試みたまへと。ここに於いて高皇産靈尊天稚彦に天鹿兒弓及び天羽羽矢を賜ひて、以てこれを遣はす。この神も亦忠誠ならず。來り到りて即ち顯國玉の女子下照姫を娶り、遂にその國を有たんと欲して、報命至らず。時に高皇産靈尊、更に諸神を會めて、當に遣はすべき者を選びたまふ。僉曰さく、經津主神・武甕槌神を遣はすべしと。時に二神ここに於いて出雲國五十田狹の小汀に降り到る。二神諸の順はざる鬼神等を誅し、果たして以て復命す。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
次には天孫御降臨の前に当つて、此の日本の国を予めよく平らげて、然る後に天孫の御降臨といふことになつたので、其の場合にどういふ人物を此の国に遣はされたかといふことであります。これも大体前に出て居ることを繰返されたのでありますから、一々の説明は略しますが、たゞここに前になかつた事がありますのは末の方の段であります。卽ち初めに遣はされた天穂日命、二度目に遣はされた天稚彦とは共に不忠実であつて、折角此の国に遣はされた甲斐がなかつたといふので、更に三度目に適当な人を選ばれた場合に、多勢の意見では経津主神といふのが適当だといふことで、経津主神を日本の国土にお遣はしになるといふことに決定されました。
解説
この段の原文は全集版『中朝事實』七・知人章四「二度の失敗 ── 誰を遣はすべきぞ」と一致する。皇統章・神教章にも引かれた同じ場面だが、ここでは失敗の中身がもつとも詳しい。天穗日命は媚びて三年報告せず、其の子も父にならひ、天稚彦は現地で妻を娶つて国を乗つ取らうとした。衆議で推された人材が二度続けて裏切つたという事実が、次段の謹按「人を択ぶの慎み」の前提になる。次段では、この後に選ばれた武甕槌神が自ら志願したという逸話を収める。
神知章 百八十八素行の言葉 ── 武甕槌神、自ら志願す底本 下巻 二百十八〜二百十九頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
其の時に武甕槌神といふのが進んで、自分も是非其の任務に当りたいといふことを求められたのであります。此の事は以前に引かれた文章にはありませんでしたけれども、此の武甕槌神といふのは非常に勝れた勇気があり、又国の為には己れを犠牲にするといふ、しつかりした気性を持つた方と見えまして、自ら進んで此の大任に当ることを求められました。多勢の神様のお考へでは、経津主神が此の大任に当るべき適当な方であるといふことでありますが、経津主神ばかりがそんな雄々しい所の気性を持つて居るとは謂へない。自分も国の為に己れを捨てて大事に当るといふ位な覚悟はあるのであるから、どうぞ自分をも其の中に加へて戴きたいといふことを、非常な意気込を以て言はれたのであります。それでそれだけの決心があるならば結構であらうといふので、此の武甕槌神を経津主神と共に葦原の中つ国に遣はされたといふのであります。此の事は如何にも日本人の気性をよく表はして居るのでありまして、決して自分が手柄を立てて、これを誇らうといふやうな小さい考へではない。今此の国の大事に当つて、自分はじつとして居られない、どんな困難に遭つても国の為に力を尽さうといふ決心をして居るのであるから、どうか此の決心を認めて呉れるやうにといふことを申出られたのでありまして、己れを捨てて国に尽す日本人の性質が、此の事蹟に依つてよく表はされて居ると解釈すべきであらうと思ひます。
解説
原文には對應する漢文がなく、小林一郎の講義による敷衍箇所である。武甕槌神が経津主神に随伴を志願したという逸話は全集版『中朝事實』七には見えず、小林一郎が独自に付け加へた部分である。「己れを捨てて国に尽す」気性への着目は、この読本シリーズが随所で示す、神代の事蹟に日本人の国民性の原型を見るという読み方の一例である。
神知章 百八十九謹按(三) ── 是れ天神、人を擇ぶの愼みなり底本 下巻 二百二十頁
原文
謹按、是天神愼於人之擇也、天神之靈、如月中天、萬象擧照、片言乃通、所以不染德惑、而盡衆議、重擧衆言、夫人之質、雖有美已、不能卓立於富貴威聲之場、二子之或媚、非有他也、故建大業、以復命、或媚東方、以防護皇孫。
訓読
謹みて按ずるに、是れ天神の人の擇びに愼むなり。天神の靈は、月の天に中するが如く、萬象擧りて照らされ、片言乃ち通ず。所以に德惑に染まずして、衆議を盡くし、重ねて衆言を擧ぐ。夫れ人の質は、美なるありと雖も、富貴威聲の場に卓立すること能はず。二子の或は媚びしは、他あるにあらざるなり。故に大業を建てて、以て復命す。或は東方に媚び、以て皇孫を防護す。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
謹んで考へますに、これが天神が人を選ぶことに慎重であつたといふことであります。天神の霊妙なはたらきは、月が中天にかかるやうに、あらゆるものがことごとく照らされ、ひとことでも通じ合ふ。だからこそ徳や惑ひに染まらず、衆議を尽くし、重ねて人々の言葉を挙げさせた。そもそも人の資質は、勝れたところがあつても、富貴や威勢の場に於て独り立ちして居ることが出来ない。二人の神が媚びたのは、他に理由があるのではない。だからこそ大業を建てて復命する者があり、或は東の方に留まつて皇孫をお護りする者もあるのであります。
解説
この段の原文は全集版『中朝事實』七・知人章五「是れ天神、人を択ぶの慎みなり」と一致する。「人の質は、美なるありと雖も、富貴威声の場に卓立すること能はず」――これが素行の人間観察である。天穗日命も天稚彦も、もともと悪い神だつたのではない。権勢の場に置かれれば人は流される。だから選ぶ側は慎重にならざるをえない。神代の失敗が、人材論の一般命題として引き出されてゐる。
神知章 百九十謹按(四) ── 人を知ることの難きこと(その一の結び)底本 下巻 二百二十頁
原文
凡才必得其人、而後大業建、故知人之難、人才之難、皆爲難矣、外朝之先儒曰、知人之難、雖聖亦以爲病乎、孔子亦聽言觀行之戒有之、然乃人才難得、知人之難、中外以爲一也。
訓読
凡そ才は必ずその人を得て、而して後に大業建つ。故に人を知るの難きこと、人才の難きこと、皆難しと爲す。外朝の先儒曰く、人を知るの難きことは、聖と雖も亦以て病と爲すかと。孔子も亦言を聽きて行を觀るの戒これあり。然らば乃ち人才の得難きこと、人を知るの難きこと、中外以て一と爲すなり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
つつしんで考へてみるに、そもそも才はその人を得て、そののちに大業が建つのであります。それであるから人を知ることの難しさ、人材を得ることの難しさは、いづれも難しいこととされる。外朝の先の学者もいふやうに、人を知ることの難しさは、聖人といへどもやはり悩みとしたのではないか、と。孔子もまた『其の言を聴きて其の行を観る』といふ戒めを残して居られます。とすれば人材が得がたく、人を知ることが難しいのは、内も外も同じことであります。以上を以て、登庸(人材登用)の議を詳らかにする一節を終ります。
解説
この段の原文は全集版『中朝事實』七・知人章六「人を知ることの難きこと」と一致する。「人を知るの難きことは、聖と雖も亦以て病と為すか」は『論語』雍也篇「堯舜すら其れ猶ほ諸を病めり」を踏まへ、「言を聴きて行を観る」は同じく『論語』公冶長篇、宰予の昼寝を叱つた際の孔子の言葉に基づく。「中外以て一と為すなり」――日本も中国も同じだと結ぶのは、神教章の「その揆一なり」と同じ姿勢である。底本にはこの段の後に「以上、登庸の議を詳らかにす」の一句があり、ここでその一の一区切りとする。