神治章 百七十六養はずんば恆の心なし ── 上下の隔たりは心持一つ底本 下巻 百九十八頁
原文
凡人君之尊、下民之賤、九重之邃、市井之卑、若鄙而求之、其阻遠猶天壤、心誠求之、猶近之、物必有養、蒿薬有皆然、此求之道、非以民乎、養之道也、衣食給則有恆心、無恆心則刑罰煩、是人君所忍之道也、經界定而産業考、農家具而後賦斂正、既有虛而後富之、教以爲先、衣食足而後知禮節。
訓読
凡そ人君の尊き、下民の賤しき、九重の邃き、市井の卑き、若し鄙しみてこれを求むれば、その阻遠なること猶ほ天壤のごとし。心誠にこれを求むれば、猶ほこれに近し。物には必ず養ひあり、蒿薬すら皆然り。この求むるの道、民を以てするにあらずや。養ふの道なり。衣食給れば則ち恆の心あり。恆の心なければ則ち刑罰煩はし。是れ人君の忍ぶべからざるの道なり。經界定まりて産業考へらる。農家具はりて而して後に賦斂正し。既に虛しきあり而して後にこれを富ましむ。敎を以て先と爲す。衣食足りて而して後に禮節を知る。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
斯くして国には人君といふものもあり、これを輔くる臣下もあり、また一般人民が下に在つて働くのでありますが、人君の地位は尊く、一般人民の地位は賤しいのであります。それから人君は九重の奥深きに居つて、御殿の中に住んで軽々しく人には会はないし、一般人民は『市井』卽ち町や村に居つて、其の日々の生活に忙しいのであります。それであるから若し人君たる者が其の地位の高いことを誇りとして、下の者を賤しめて遠ざけるといふ心持であると、人民と君主の間といふものは天と地の隔るやうに隔つてしまつて、上の心持は下に通ぜず、下の様子は上に全く判らないといふやうになるのであります。併しながら如何に遠く隔つて居つても、上に立つ人に誠心があつて、常に誠心を以て天下万民を安らかにしようといふことを考へ、どうしたならば人民を安らかにすることが出来ようかと、其の方法を始終考へて居れば、上と下とが必ず一致する。チヨウド天が地を覆うて、天に覆はれることに依つて地上の物が皆日月に照らされ、月に照らされることに依つて、万物が各々其の生を遂げて行くと同じやうに、君主の徳といふものが一般の者をいつも養うて行くのであります。斯うなればたとひ其の地位は隔つて居つても、其の心と心とは通ひ合つて居るのであるから、甚だ近いといふべきであります。そこで其の人君たる者が人民を治めるのに、先づ何から先に考へなければならぬかと言へば、これを養ふといふことであります。
解説
この段の原文は山鹿素行全集版『中朝事實』六・神治章二十九「養はずんば恆の心なし」と全く一致する。「若し鄙しみて之を求むれば、其の阻遠なること猶ほ天壤のごとし。心誠に之を求むれば、猶ほ之に近し」の一句は、君主と民との距離が地位ではなく心の持ちようで決まることを言ふ、神治章でもつとも印象的な一節である。「経界定まりて産業考へらる」以下は『孟子』滕文公上の仁政論、「衣食足りて礼節を知る」は『管子』牧民篇に基づく句で、次段以降の敷衍の導入となつてゐる。
神治章 百七十七素行の言葉 ── 産業を考へ、教への道底本 下巻 百九十九〜二百頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
物は何でも養はなければ存在し得ない。草木には枝とか葉とか根とかいふものがあつて土から其の栄養を摂り、また鳥や獣には翼根だの毛だのといふものがあつて、身体を安全に護つて居る。みな此の養ふといふことの用を為して居るのであります。されば人民といふものがある以上は、無論此の人民を養ふといふことに力を用ひなければならぬ。若し衣食が足りないで生活に困つて居るやうなことであれば恒心はない。卽ち定まつた道を守る心といふものはない。何でも自分の欲を縦にすれば宜しい、人はどうなつても構はぬといふやうになつてしまふのであります。それで恒心がなくて、銘々勝手なことをやつて居れば結局刑罰に陥ることになる。それであるから政治を正しくしないで置いて罪人を罰するといふのは、上に立つ人が自分で罪人を作つて居ると同じことであつて、人君たる者はこれを忍ぶことは出来ない筈であります。そこで養ふにはどうしたら宜いかと言へば、紀律が立たなければならぬ。それで土地の境ひを定め、それから『産業を考へ』──其の土地々々に適当な仕事を考へて人民に授けるのであります。田を耕すことに適する所もあり、木を植ゑるに適する所もあり、或は水に近い所であれば謂はゆる水産物を集めることを主にするとか、山に近い所であれば狩をするといふことも出来る。みな其の土地に適当な仕事があるから、これをよく調べて、さうして人民に其の仕事を授けなければならぬ。併し何れにしても農業といふものが本であるから、農業の完備といふことには殊に力を尽すのであります。それでみなが生活に困らないやうになつてから『賦斂を正す』卽ち租税といふものを取るのであります。其の租税は其の負担力に応じて取らなければならない。収入の多い所は多く取つても宜しいが、収入の少い所は出来るだけこれを軽くしてやるといふやうに、詰り其の取り方が正しくなければならない。それから孔子も言はれたやうに、既に多勢の者が居ればこれを富まさなければならず、富めばこれに教へを与へなければならぬ。若したゞ富ますことばかりで教へを与へなければ、衣食が足りても人間の道を知らぬのでありますから、何処までも自分の欲望を長ぜしめるといふことだけになつてしまふので、謂はゆる恒心を失ふのであります。父子兄弟、夫婦の仲でさへも正しい関係を失ふといふことになるのであります。
解説
原文には對應する漢文がなく、小林一郎の講義による敷衍箇所である。經界(田地の境)→産業→賦斂(租税)→富之→教之という順序は、『孟子』の仁政論と『論語』子路篇「既に富めり、又何をか加へん、曰く之を教へん」とを踏まへたもので、その十七・十八(kj145・kj149ほか)の恒産恒心論がここで統治の具体的な手順として展開されてゐる。
神治章 百七十八素行の言葉 ── 人倫を正し風俗を治める底本 下巻 二百〜二百二頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
そこで教へるに就いては人倫の別を正しくし、また風俗といふものを乱れないやうに取締り、それから『其の機を抑揚す』といふのは、人間の気分を調へて能く、中庸を保たせて行くのであります。余り自分の勝手のみを考へて居てはならぬが、また何でも引込み思案になつてしまつては何も仕事は出来ないのでありますから、そこの所を一方に偏せぬやうに宜しく指導して行くのであります。それからまた『勧懲』といふことも必要である。『勧懲』といふのは善を勧め悪を懲らすことであります。若し善い事があればこれを奨励してやつて、ますます善に進むやうにし、悪い事があればこれを戒めて、其の甚だしき者は刑罰を以てこれを処置して行かなければならぬ。此の賞罰といふものが明かでなければ人間は真面目にはならぬのであります。さうして教へも立ち、それから風儀も良くなれば『利を利とし業を業とする』──みな其の働いた結果が実際の上に現はれて、生活が楽になるのを喜んで、喜んで自分の仕事に従事するといふやうになるのであります。どうしてもこれは善い方を勧めるといふことと、悪い方を懲らすといふ、此の二つの道が明かに立たなければならぬ。若しこれを取締る者が愛を専らにして、何でも人民を愛すれば宜しい、何でも人民を保護すれば宜しいといふことばかりになると、人民が其の情けに甘えて来て、情を縦にし欲を逞しうして、何でも自分の勝手をやるといふやうなことになるから、争ひのみが多くなつて来る。争ひが多くなつて来れば、其の業を専ら励むといふことが出来なくなつて来るので、必ず其の地方は衰へるのであります。それからまた戒めるといふことを専らにして、何でも風俗を取締る、間違つたことがあれば容赦しないといふことばかりになつて来ると、孔子も言はれたやうに『免れて恥なし』──巧みに法律を潜つて一身の安全を図るといふことになつて来て、悪い事をしても恥かしいとも思はないやうな者が多くなります。斯うなればまた風俗が乱れてしまふのであります。それであるから教へるといふことと、それから保護するといふことと、謂はゆる養と教との二つのことが相俟つて、一方に於ては充分に保護を与へ、また一方に於ては、それでも自分の勝手をやる者は厳しく之に制裁を与へるといふことでありまして、正しき者はますます其の正しい道に進むし、また間違つた者は自ら省みてこれを改めるといふことになるので、国は必ず安まる訳であります。此の点は人の上に立つ者が常に意を用ひなければならぬことであります。併し其の根本は人民を保護するといふことに在るので、其の人民を保護するといふことが分れて賞ともなれば罰ともなるのでありますから、其の根本を失はないやうにすることが最も肝要なのであります。
解説
原文には對應する漢文がなく、小林一郎の講義による敷衍箇所である。「養と教との二つのことが相俟つて」という発想は、保護(養)と規律(教)とが車の両輪であるという儒教統治論の基本形であり、kj176の「衣食足りて礼節を知る」の具体的な展開にあたる。
神治章 百七十九天地無常 ── 不時の備へ底本 下巻 二百二〜二百三頁
原文
然又天地無常、人民必有旱澇、故設其備於無間、以除其害、救窮民、備賑恤。
訓読
然れども又天地常なく、人民必ず旱澇あり。故に其の備を無間に設け、以て其の害を除き、窮民を救ひ、賑恤に備ふ。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
以上言つたやうなことをよく注意して行けば、国はきつと治まるのでありますけれども、併しまた天地の間に不時の変化といふものがあります。謂はゆる天災地変といふものが起るのであります。気候が常を失ふとか、或は地震があるとか、洪水があるとかいふやうな、様々な天災地変があるといふことを免れない。随つて人民は幸福な年もあれば不幸な年もある。殊に農業を主にした時代に於ては、人間の力だけで凡てを決定する訳に行かないのでありますから、幾ら骨折つても不意に気候が狂へば収穫はなくなるし、また気候が順であれば骨折つただけの効果は必ず挙るのでありまして、どうもこれは致し方のないことであつて、人間の力を以て凡てを決めるといふ訳には行かないのであります。それであるから其の無事な時に、平生事の無い間に其の備へをさせるといふことが必要である。また害があれば其の害を除くことに力を尽さなければならぬ。さうして困難に陥つた者を救ひ、また『賑恤』といふのは平生蓄へて置いた物を出して、地震の為に困つて居るとか、或は洪水で困つて居るとかいふ者には其の生活を補助してやるといふことも肝要であります。若しこれだけの設備が出来て居なければ、多くの人民が『溝壑に転ずる』といふのは非常な災難に逢ふことで、溝の中に落ちたり、谷間に落ちて死ぬといふやうな、酷い不幸な境遇に陥るといふこともあるのであります。それ故に人君たる者は、さういふ不時に備へる所の設備にも意を用ひなければならぬ。またどうぞ穀物が多く出来るやうにと言つて神様に祈るといふやうな式も昔から具はつて居る。これはみな人君たる者が誠を以て人民の幸福を図る心持が現はれたものであります。
解説
この段の原文は全集版『中朝事實』六には見えず、小林本のみに伝はる部分である。底本の該当箇所(下巻二百二頁付近)は文字の損傷が甚だしく、判読困難な箇所を含むため、講義本文(不時の備へ・賑恤の説明)から大意を汲んで復元を試みた。『溝壑に転ずる』は『孟子』梁恵王下などに見える成句で、飢饉によつて溝や谷に行き倒れることをいふ、災害・飢饉の悲惨を表す常套句である。
神治章 百八十人君の忍ぶべからざるの道 ── 保伍と地方統治底本 下巻 二百二〜二百四頁
原文
然乃人君一人之慈、豈及天下之衆哉、故建其長以親察之、防背敎之萌、及其爭訟論事、皆先付焉、而規和之、下正其機、守令惟其職、以達民情、是乃長也、然不盡其議、不盡其道、則唯虛名而無實。謹按、人君荒政之說、年穀之祈、是其議也、盡之教誨、以及其民、是養教相持而不可缺、故國以民爲體、民以食爲天、君明而民安、民安而國治、國治而天下平。
訓読
然らば乃ち人君一人の慈、豈天下の衆に及ばんや。故にその長を建てて以て親しくこれを察せしめ、敎に背くの萌を防ぐ。その爭訟論事に及びては、皆先づここに付して、而してこれを規し和らぐ。下その機を正し、守令惟れその職あり、以て民情を達す。是れ乃ち長なり。然れどもその議を盡くさず、その道を盡くさざれば、則ち唯だ虛名にして實なし。謹みて按ずるに、人君荒政の說、年穀の祈、是れその議なり。これを敎誨に盡くして、以てその民に及ぼす。是れ養ひと敎と相持して缺くべからざるなり。故に國は民を以て體と爲し、民は食を以て天と爲す。君明らかにして民安く、民安くして國治まり、國治まりて天下平かなり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
ところが其の人民を養ひ、また教へるに就いて、幾ら聖人のやうな君主が上に在つても、たつた一人の力で凡てをするといふ訳には行かない。それであるから各地方々々に長官といふものを置いて、其の長官をして其の地方をよく治めさせて、さうしてこれを中央に於て統一するといふやうにすることが肝要なのであります。それで其の長官を立てるに就いてどうしたら宜いかと言へば、先づ民間に於て『保伍を立て』といふのは部落を造る。或は五軒とか十軒とかを一纏めにして部落を造る。さうして其の部落の様子を平生よく調べ、其の善い所はこれを奨励し、弊害があればこれを除かせるやうに力を尽すのであります。さうして其の人民の間に争ひがあつた時には、先づ最初は其の部落でこれを調停して、其の争ひを大きくしないやうにするといふことが肝要であります。之に依つて出来るだけ事を大きくしないやうにしなければならぬ。『之を和ぐ』──不心得の者があれば其の部落の長官がこれを忠告して改めさせる。また争つて居る者があれば仲裁して、其の争ひを止めさせるやうにして、出来るだけ上に対して訴へ出るなどといふことのないやうにやる。それからまた上より与へられた教へに背く者があれば、其の不心得が甚だしくならない内に取締つて、さうして事を大きくしないやうにするといふことが肝要であります。それから『止むを得ざるに及んで』──いろいろ手を尽して、それでもいけなければ刑罰を与へるとか、或はいろいろな処置をするといふことになる。其の場合には下の方の地位に居る所の役人が充分これを調べて、さうして其の国の長官たる者が最後の判定を与へるといふやうにするのであります。それで先づ村々の組合を造れば、其の組合には長を置かなければならないし、それから村には村、町には町と、みなこれを取締る所の者がなければならない。それからこれが纏まつて一つの国といふものになつて、国司が此の全体を取締るといふことになるのであります。それで国司は其の地方々々の状態を中央の政府に報告し、中央の政府に於てスツカリ之を取纏める。斯うなつて行つて初めて全国に統一が立つのであります。これが卽ち長を建てるといふことの道であります。
解説
この段の原文は山鹿素行全集版『中朝事實』六・神治章三十「人君の忍ぶべからざるの道」と一致する。「守令惟れ其の職あり、以て民情を達す」の一句を承け、講義では保伍(村落)・国司(地方)・中央という三層の統治機構が具体的に説かれる。「養教相持して缺くべからざるなり」の謹按は、kj176以下で論じられた「養」と「教」との両輪論の総括にあたる。
神治章 百八十一素行の言葉 ── 制度と人底本 下巻 二百五〜二百六頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それであるからそれぞれの任に当る人がみな其の人を得なければならないので、幾ら制度があつても、制度だけでは国が本当には治まらない。若し『其の議を致さず、其の道を尽さず』──銘々が自分の職分を完全に果さないで、其の職を疎かにするといふやうな者が多ければ『虚名』であつて、長官といふものがあつてもそれは長官ではない。町とか村とかいふ名はあつても、町や村がある甲斐はないのでありますから、これはたゞ名義だけのものになつてしまふ。それでは折角制度を立てた甲斐がないから、そこで其の地方役人には『年限を定め』──四年とか五年とか年限があつて、其の年限の間の成績に依つて黜陟を明かにして、其の功のある者は更に重く用ひ、其の功のない者はこれを罷めるといふやうな制度が立つて居るのであります。これは要するに民を重んずるといふことなので、民を重んずるから民を取締る所の長官の選任を大切にするのであります。斯ういふやうにしてみなが其の任務を全うすることが出来て人民が安らかになれば、国は必ず平らかである。国が平らかであるといふことは、要するに人民が喜んで働くか、或は其の仕事に興味を持たないで怠けて居るかといふことの分る所であります。卽ち民は国家に繋がる所と申さなければならないのであります。それで人君たる者は、此の天下は宝である。御先祖よりして自分に与へられた宝であると考へて、御先祖の教へを拳々服膺して、少しも違はないやうにと常に之を心に銘じ、また自分に何か失敗がありはしないかといふことを常に自ら省みて、日々の事を何時でも誠心を籠めて果して行けば、昔天孫が此の国にお降りになつて此の国の端を開かれたといふ、其の御趣意が茲に貫徹する訳であります。それでこれを『拡充して』──もつと押し拡めて行けば、天地と共に窮まり無い所の国運の発展する道が茲に開かれるのであります。
解説
原文には對應する漢文がなく、小林一郎の講義による敷衍箇所である。「制度と人」という副題が示す通り、いかに立派な制度であつても、それを運用する人が其の人を得なければ機能しないという論点は、その二十一(kj173)の黜陟論、その二十(kj165)の「郡主縣令を軽んずるは民を軽んずるなり」の議論とも呼応する。「民は国家に繋がる所」の一句は、kj164の「百官の設け、民の為に非ずや」の民本思想の結論にあたる。
神治章 百八十二神治章の結び ── 人心をして倦まざらしめん底本 下巻 二百六〜二百八頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
何と言つても其の誠心を尽し、各の任務を全うするといふ心掛けがなければならぬのであります。国を治むるの大要といふものはこれなのである。それでありますから上に立つ人は勿論のことであるが、これを輔ける所の人々も常に此の点をよく考へて、たゞ制度が立つて居るから、それで国民が幸福になるなどと思つてはならない。制度がなければ無論何の仕事も出来ないけれども、既に其の制度を立てた以上は、其の制度に基いて各自の仕事に誠意を以て当るといふだけの覚悟があつて、初めて其の制度が活用されて来るのであります。制度が本当に活用されて、国が正しく治まれば、万民が其の幸ひを得るのでありますから、万民の幸不幸といふものは、要するにそれぞれの任に当る人の心掛け一つに依つて定まるものであるといふことを、片時も忘れないやうにしなければならぬ訳であります。此の議論は少しも変つたことはないので、極く平凡なことのやうでありますけれども、よく其の職務に当る人の根本的の心得を説いてあるのでありまして、本当にこれだけの事が守られますれば、何時の時代に於ても国民はみな其の処に安んずることが出来るのであります。何に致しても国も繁栄するかしないかといふことは、みなが張合ひよく働くか働かないかといふことに依つて定まるのであります。幾度も申しましたが、明治元年の五箇条の御誓文の中に『人心をして倦まざらしめんことを要す』といふことがあります。人心が倦んではならない。皆が何の為に働くか判らない、馬鹿々々しいといふやうな心持になれば国は保たないのであります。そこで人心をして倦まざらしめぬ為には、それぞれの局に当る人がみな全力を打込んでやるといふことが根本なのでありますから、斯ういふやうな事を平凡な説だと思つて軽々しく視ないで、これを深く心に銘じて、銘々の職分を果すことに何処までも力を尽さうといふ決心をすることが、最も肝要と申さなければならないのであります。以上を以て、神治章の講義を終ります。
解説
原文には對應する漢文がなく、小林一郎の講義による敷衍箇所であり、神治章全体の結びにあたる。明治元年(一八六八)の五箇条の御誓文第四条「旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ」に続く精神を承け、第五条の趣旨とあわせて「人心をして倦まざらしめん」の一句を引くのは、講義の随所に見られる、上代の統治論と近代日本とを架橋する小林一郎の講義の特徴をよく示す一節である。神治章は天照太神・成務天皇の地方官制度(その二十)に始まり、封建と郡縣との比較(その二十一)を経て、この「制度と人」の議論を以て完結する。次章は神知章(人を知るを主題とする章)である。