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中朝事實 小林一郎 講義 四十三(神治章 その十二)

山鹿素行 原著 小林一郎 講述 ── 天照太神、天狹田・長田を御田と爲す、謹按(民事を重んずる神慮)、無逸の教 原文・訓読・講義・補注の四層

この読本について

小林一郎 講義本『中朝事實』の第四十三冊。神治章の第十二分冊(底本 下巻 百四十一〜百四十六頁)を収めます。前冊(その十一)の結び「瑞穂の國と比較の必要」を承け、この冊は全集版js18に相当する新たな漢文原文(天照太神、天狹田・長田を御田と爲す)から始まります。

この冊の読みどころ(一)。欄外見出し「勤勞の神訓」──天照太神が自ら良田を選び、神御衣を織り、齋服殿に居ましたという一節。命令するだけでなく自ら實行して手本を示すという統治の要諦が説かれます。

この冊の読みどころ(二)。謹按「是天神重民之事也……可以鑒焉」──全集版js18の謹按に対応しますが、小林本は繼體天皇の詔と、祈年穀・神衣祭・神今食・新嘗會・大嘗會といふ年中の農事祭祀の列擧を新たに加へてをり、全集版には見当たらない一節です。

この冊の読みどころ(三)。欄外見出し「民事を重んずる神慮」「無逸の教」──唐の李紳の詩「盤中の辛苦」を引いて君主が自ら労苦を知ることの意義を説き、書經 無逸篇(周公旦)と日本古来の範とを比較します。

四層の構成。謹按の前後は小林の講義による敷衍のため、「原文」「訓読」欄には対応する漢文がない旨を記し、「現代語訳」欄に小林一郎の講義そのものを現代表記に直して全文収めています。「解説」は新たに書き加へた補注です。

翻刻について。底本は小林一郎講述『中朝事實』下(皇國精神講座、影印)です。旧字・旧仮名の原本からの文字起こしで、なお誤りが残ってゐる可能性があります。

色分けの凡例

『日本書紀』(本文・一書)本朝の古典(古語拾遺・舊事本紀・元々集ほか)漢籍(易・書・詩・論語・孟子ほか)制度・地理・故事

主要語彙集

齋服殿(いはひはたどの)
心を淨らかにして機を織る御殿。神樣にお供へする神御衣を織るための、清淨さが求められる場所。
無逸(ぶいつ)
怠ることなしの意。『書經』の篇名で、周公旦が成王を戒めて、上に立つ者は安逸を貪つてはならないと説いた。

登場する神・人物

小林一郎(こばやしいちろう)
一八七六〜一九四四。漢学者・国文学者。二松学舎に学ぶ。『皇國精神講座』を主宰し、『中朝事實』のほか多くの古典を講義した。この読本の講義部分の著者。
山鹿素行(やまがそこう)
一六二二〜一六八五。『中朝事實』の著者。寛文九年(一六六九)、赤穂配流中に本書を著した。
天照太神(あまてらすおほみかみ)
この冊では自ら天狹田・長田を選び、神御衣を織つて齋服殿に居ますといふ、勤勞の手本を示す神として語られる。
繼體天皇(けいたいてんのう)
第二十六代天皇。素行はその詔(帝王躬耕して農業を勸め、后妃親蠶して桑序を勉む)を引いて、歴代の帝王が農事を重んじたことの證とする。
周公旦(しうこうたん)
周の政治家。成王を輔けた。『書經』無逸篇で、君主が安逸を貪らず農事の労苦を知るべきことを説いたと伝へられる。
李紳(りしん)
唐代の詩人。「憫農」詩の「誰か知らん盤中の餐、粒々皆辛苦なることを」の句で知られ、この冊の謹按にある「盤中之辛苦」の語の出典として引かれる。

神治章 百十九天照太神、天狹田・長田を御田と爲す(勤勞の神訓)底本 下巻 百四十一頁
原文
天照太神以天狹田長田爲御田。又方織神衣。居齋服殿。

訓読
天照太神あまてらすおほみかみ天狹田あまさだ長田ながたもつ御田みたし、又方またまさ神衣かんみそりて齋服殿いはひはたどのます。

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
欄外見出しは「勤勞の神訓」であります。そこで次には事實を擧げて、天照大神の心をお用ひになることの非常に深かつたといふことを證するのであります。田を作つて稲を植ゑるといふことに就いて、たゞ何處に田を作つて植ゑたら宜しからうといふやうな命令をお下しになつたのではなく、天照大神は自らよく御研究になつて、さうして天狹田、長田といふやうな、特別に地味の良い所を田として、其處に米を植ゑさせるといふことをお計らひになつたのであります。それからまた養蠶をして絲を取つて着物を作るといふのでも、たゞこれを臣下に命ぜられたのでなく、御自分でお織りになつた。例へば伊弉諾、伊弉冉といふやうな神様をお祀り申す時にお召しになる着物を御自分でお織りになつた。それも『齋服殿』といふのは、心を淨らかにして機を織る所で、神様をお祭り申すのでありますから、其の召す物も清淨な、穢れのない物でなければならぬといふので、特に其の場所を選んで、お織りになつたのであります。

解説
全集版js18(〈天狹田・長田を御田と爲す〉、中朝事実_6.html)冒頭に対応する。全集版「天照大神」を小林本は「天照太神」とする(既出の変異)。全集版はこの一文に続けてすぐ謹按に入るが、小林本は間に欄外見出し「勤勞の神訓」のもと、天狹田・長田を選んだ経緯や齋服殿の由来を敷衍する独自の段を置く。

神治章 百二十命令より實行 ── 手本を示すといふこと底本 下巻 百四十一〜百四十二頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)

訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
お祭りの時に召される着物にしても、たゞ命令するといふだけでは、なかなか下の者が其の命令に服するといふことにはならないものであります。御自分で實行されたことを以てお手本をお示しになつて、さうして下の者に命令なされば、成るほどあゝいふ風にすれば確かに道に適ふことが出來るのだといふ所を納得致しますから、みな大いに努めてこれを實行するやうになるのであります。これは一國を治めることだけでなく、銘々がどういふ仕事をするのでも、人と協力一致して仕事をしようと思つたならば、先づ自分が實行して、さうして其の範を示すといふだけの心持でなければ、なかなか本當の一致協力といふことの出來るものではないのでありまして、凡ての方面の人々がこれを御手本としなければならぬ譯であります。

解説
「命令するだけでは人は從はない、自ら實行してこそ手本となる」といふ統治觀。この一段は全集版に対応箇所がなく、小林獨自の導入的敷衍と判斷した。次段(kj121)の謹按「是天神重民之事也」の主題を、講義口調で先取りしてゐる。

神治章 百二十一謹按 ── 民事を重んずる神慮(繼體帝の詔と農事祭祀)底本 下巻 百四十二〜百四十三頁
原文
謹按。是天神重民之事也。夫天神之尊。非無可織之人也。而所以躬其事者。非親致其誠信以爲神衣而已。先之勞之。備蠶織之艱難。嘗盤中之辛苦。以帥天下之農桑也。蓋人君躬耕。后妃親蠶。供上帝之粢盛。爲祭祀之禮服者。建皇極之無逸。示王業之大本也。──繼體帝詔曰。帝王躬耕而勸農業。后妃親蠶而勉桑序。況厥百寮曁千萬族。廢農績而至殷富者。──然乃上古有王后親耕桑之義也。及後世。祈年穀。(二月八月。)神衣祭。(四月九月。)神今食。(六月。)新嘗會及大嘗會。皆以農事行朝政也。往古重其事。盡其誠。可以鑒焉。

訓読
つつしんであんずるに、天神てんじんたみことおもんずるなり。天神てんじんたふとき、るべきのひときにあらざるなり。しかことみづからしたまふ所以ゆゑんは、したしく誠信せいしんいたし、もつ神衣かんみそすのみにあらず。これさきんこれらうして蠶織さんしよく艱難かんなんそなへ、盤中ばんちう辛苦しんくめて、もつ天下てんか農桑のうさうひきゐたまふなり。けだ人君じんくんみづかたがやし、后妃こうひみづかかひこひて、上帝じやうてい粢盛しせいきようへ、祭祀さいし禮服れいふくるは、皇極くわうきよく無逸ぶいつて、王業わうげふ大本たいほんしめすなり。──繼體帝けいたいていみことのりしてのたまはく、帝王ていわうみづかたがやして農業のうげふすすめ、后妃こうひみづかかひこひて桑序さうじよつとむ。いはんや百寮ひやくれうおよ千萬族せんまんぞくに、農績のうせきはいてて殷富いんぷいたものあらんやと。──しからばすなは上古じやうこ王后わうこうみづか耕桑かうさうするのあるなり。後世こうせいおよびて祈年穀としごひのまつり。(二月にぐわつ八月はちぐわつ。)神衣祭かんみそのまつり。(四月しぐわつ九月くぐわつ。)神今食じんこんじき。(六月ろくぐわつ。)新嘗會にひなめゑおよ大嘗會だいじやうゑみな農事のうじもつ朝政てうせいおこなふなり。往古わうこことおもんじ、まことくす。もつかんがみるべし。

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
謹んで按ずるに、これは天神が民の事を重んじたまふといふことであります。そもそも天神の御尊さから申せば、機を織るべき人がないといふ譯ではないのであります。それにも拘らず御自身でその事に當らせられた所以は、たゞ御自分の誠信を以て神樣の御召物を作るといふだけではなく、まづ自らその事を先んじ勞して、蠶を飼ひ機を織る艱難を身をもつて備へ、盤に盛られた食物の辛苦を嘗めて、それによつて天下の農桑をお導きになつたのであります。思ふに人君が自ら耕し、后妃が自ら蠶を飼つて、上帝への御供へ物に供へ、祭祀の禮服とするのは、皇位にある者が安逸を貪らぬといふ心構へを打ち立て、王業の大本をお示しになるためであります。──繼體天皇の詔に、帝王自ら耕して農業を勸め、后妃自ら蠶を飼つて桑を植ゑる順序に勉めるとある。况んや百官萬民に至るまで、農の勤めを廢てて豊かさに至る者などあるはずがない、とも仰せられました。──さすれば上古より王・后が自ら耕し蠶を飼ふといふ道理があつたのであります。後の世に至つても、二月・八月には其の年の穀物の稔りを祈る祭り、四月・九月には神樣の御召物を織る祭り、六月には神今食、そして新嘗會・大嘗會といふものがあり、これらは皆農事を以て朝廷の政事とするものであります。上古の人はこの事を重んじ、その誠を盡した。以てこれを鑑とすべきであります。

解説
全集版js18の謹按に相当するが、字句・構成が大きく異なる。全集版「又方織神衣、非但親之而已、先勞而致其誠」といふ簡潔な一文を、小林本は「非無可織之人也。而所以躬其事者。非親致其誠信以爲神衣而已。先之勞之。備蠶織之艱難。嘗盤中之辛苦。」と大きく敷衍する。さらに「──繼體帝詔曰……」以下、繼體天皇の詔と年中の農事祭祀(祈年穀・神衣祭・神今食・新嘗會・大嘗會)を列擧する一段は全集版js18に対応箇所が全く見當たらず、data6.py全文検索でも確認できなかった。全集版に対応箇所を持たない小林本獨自の増補と判斷した。なお該当箇所は活字の判讀がやや困難な箇所を含み、文脈から意を汲んだ推定を一部含む。

神治章 百二十二盤中の辛苦 ── 民事を重んずる神慮底本 下巻 百四十三頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)

訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
欄外見出しは「民事を重んずる神慮」であります。尚ほ素行が此の事に就いて説明して申しますには、天照大神が御自分で田をお作りになり、また神を祭るお召物をお織りになつたといふことは、要するに人民のなすべきことを大切に思召して、御身を以て其の範を示された譯であります。勿論萬民の上にお立ちになる方でありますから、御自分で織るべき者がない譯ではない。然るに御自分で其の機をお織りになつたといふのは、誠心誠意を以て織つた物を着物として着て神々を祭るといふ、卽ち神々を重んずるといふお心持が本でありますが、唯だそればかりではなく、自ら多勢の者の先へ立つて其のお手本を示し、みなを勵まされたのであります。それから『盤中の辛苦』といふのは、唐の李紳といふ詩人の使つた言葉でありまして、『盤』といふのは飯を盛る所の器であります。其の器の中に盛つてある所の飯を見ると『粒々みな辛苦』── 一粒々々が多勢の農民の苦勞の結果であると思うて、これを有難く考へるといふのでありますが、斯ういふことは自分でやつて見て初めて解るので、たゞ金を出せば買へるといふやうな考へでは、なかなか人間の食物を作る苦勞といふものの解るものではないのであります。

解説
欄外見出し「民事を重んずる神慮」。唐の詩人李紳の「憫農」詩(「誰知盤中餐、粒粒皆辛苦」)を引いて、謹按の「盤中之辛苦」の語を説明する、小林獨自の敷衍。

神治章 百二十二の二天子・皇后の御手本と人民の感謝底本 下巻 百四十三〜百四十四頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)

訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それで上に立つ方が斯ういふ風に御苦勞を御自分でなさつて、さうしてみなに手本をお示しになれば、みなも非常に喜んで、上の方が自分達の苦勞を察して下さるのだといふ譯で、勇んで其の仕事に力を盡しますから、其の成績といふものは必ず擧るのであります。それで天子様も御自身に農業をなさり、また皇后様もそのおつもりで養蠶をなさつて、共に人民のお手本とおなりになるといふことであれば、多勢の者は非常な光榮に思うて銘々の仕事を勵む譯であります。さうして其の得た所の物を以て神を祭る所の供へ物にもするし、またお祭りに召す所の服にして、みなも此の通りに働いて自分達の毎日の暮しを立て、また毎日の禮儀をも整へて行かなければならぬと、いふことをお敎へになる譯であります。

解説
天子・皇后が自ら農業・養蠶を行ふといふ主題を、神代の天照太神から歴代の天皇へと繋げて語る段。人民が感謝して勵むことで國の經濟が榮え、また日々の禮儀も整ふといふ、素行・小林に一貫する敎化論の締めくくり。

神治章 百二十三無逸の教 ── 書經と神代の比較底本 下巻 百四十五頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)

訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
此の詔を拝して考へますと、神代からズツト此の事は續いていらつしやるのであります。それからまた後に至つても、天皇の思召がこゝに在つたといふことは、繼體天皇の詔を拝しても解るのであります。卽ち繼體天皇の詔の中に、帝王たる者は躬ら耕して農業を勸むるのである、また皇后は自分で蠶を飼つて織物を造ることを勸めるのであるとある。それで下の者が勵むのであるから、况してや其の下に在つてこれをお輔け申す所の多勢の役人でも、或は萬族卽ち國民全體でも、みな銘々の仕事に力を盡さなければならぬ。殊に農業といふものは人間の命を繋ぐ爲めの一番大切なものであるから、此の農業を重んずることをかやうに繰返し仰せられたのであります。欄外見出しは「無逸の教」であります。書經の中には『無逸』といふ篇があります。『無逸』といふのは怠ることなしといふ意味で、上に立つ者は少しも油斷をしてはならない。また隨つて國の政治に與かつて上の方を輔ける所の者も怠つてはならぬといふことを敎へられたのが此の『無逸』といふ篇で、周公旦の説かれたものであります。これが王業の大本である。政治を執る人が怠らないので、萬民もこれを手本としてみな勵むから、國は盛んになるといふことを支那の昔の聖人と言はれるやうな人々が多く敎へて居るのでありますが、我が國に於ては神代から既に其の範を御自分でお示しになつていらつしやることが、これでよく解るのであります。

解説
欄外見出し「無逸の教」。書經 無逸篇(周公旦が成王を戒めた篇)を引き、支那の聖人が説く教へを、日本は神代の天照太神が既に自ら實行して範を示してゐたと比較する。全集版js18の謹按にも「建皇極之無逸」の語があるが、無逸篇そのものの解説・周公旦への言及は小林獨自の敷衍である。

神治章 百二十四經濟の本は農業 ── その十二の結び底本 下巻 百四十六頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)

訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
前にも申上げましたやうに、元來支那でも日本でも、國の經濟の本は農業でありましたから、そこで皇室に於かせられても斯の如くに農業をお勸めになるのであります。後になれば商業とか工業とかいふものも、國の經濟を保つ上に於て缺くべからざる大切なものになつたのでありますが、今日に於ては農業も無論重んじなければならぬけれども、農業ばかりではない、凡ての事業が同じやうに大切に考へられなければならず、またどの仕事をする者もみな國を盛んにする根本に力を盡して居るのであるから、互ひに重んじ合ひ、互ひに感謝し合つて、さうしてます々其の仕事に勵んで行くといふやうにしなければならぬのは勿論のことであります。

解説
農業を經濟の根本としつつ、あらゆる職業が等しく尊いといふ結び。その十一の「比較の必要」と同樣、素行・小林に一貫する均衡の取れた視點が示される。その十二の結び。次冊その十三は底本下巻百四十七頁からの崇神天皇(欄外見出し「崇神天皇の自責の叡慮」)へ進む見込みである。