神治章 七十六國司の任期底本 下巻 百十七頁
原文
先人曰。國造乃國司名。後改云守也。
訓読
先人曰く、國造は乃ち國司の名なり。後に改めて守と云ふなり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
昔からの傳へに依りますと、こゝに「國造」とありますのは、後に至つて「國司」と名づけられたのでありますが、卽ち一國の長官でありまして、今日で申せば知事といふやうな地位でありますが、後に至つては「守」と申しました。武藏守とか相模守とか陸奥守といふ譯で、「守」といふ名は徳川時代の末まで遺つて居りました。併し後になれば實際其の國を治めないで、陸奥守とか出羽守とか、たゞ其の名だけを與へるやうになりましたが、これはズッと後のことでありまして、初めは武藏の國司であるから武藏守、相模の國司であるから相模守といふやうなことであります。
解説
全集版js12末尾「先人曰、國造乃國司之名也、後改曰守、」(中朝事実_6.html)に対応する一句。小林本は「之」「也」を欠き、「曰」の代はりに「云」を用ゐる点で字句が異なる。この一句を承けて、小林は國造→國司→守という名称變遷の實例(武藏守・相模守・陸奥守)を講義で敷衍してゐる。
神治章 七十七任期の詔底本 下巻 百十七頁
原文
聖武天皇天平寶字二年。勅諸國司。以四箇年爲任限。寶龜十一年勅太宰府。任限爲五箇年。
訓読
聖武天皇の天平寶字二年、諸國司に勅して、四箇年を以て任限と爲す。寶龜十一年、太宰府に勅して任限を五箇年と爲す。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
聖武天皇の天平寶字二年、諸國の國司に勅して、四箇年を以て任期とされたのであります。寶龜十一年には、太宰府に勅して任期を五箇年とされました。勿論其の任期が來ても、必ずしも他に迭るとは決まらないので、場合に依りますと重任をして、隨分長い間同じ所の國司であつた人もありますけれども、四箇年經てば、重ねて任命される者も、そこで一度年限が切れるといふことになつて居りました。寶龜十一年に太宰府に勅のあつた所に依ると、太宰府の長官はモウ少し延ばして五箇年に任期とするといふ風に變つたのであります。
解説
全集版js13冒頭「聖武帝天平寶字二年、勅諸國司、以四箇年爲任限、實龜十一年、勅太宰府以五箇年爲任限、」に対応。小林本は「聖武帝」を「聖武天皇」とし、全集版の「實龜」(實の字はおそらく誤植)に対して正しい元号表記「寶龜」を用ゐてゐる。
神治章 七十八謹按 ── 郡縣の始底本 下巻 百十七〜百十八頁
原文
謹按。是郡縣於天下之始也。至帝始定封境。制國郡。立造長。置稻置。是乃郡縣之制也。自是歷代因循。國有守介掾目。及郡司大領小領主帳等。邊要之地有帥大小貳監典。將軍軍監軍曹按察等。以任限考課。勘公文黜陟。
訓読
謹みて按ずるに、是れ郡縣を天下とするの始なり。帝に至りて始めて封境を定め、國郡を制し、造長を立て、稻置を置く。是れ乃ち郡縣の制なり。是より歷代因循し、國に守・介・掾・目あり、及び郡司・大領・小領・主帳等あり。邊要の地に帥・大小貳・監・典・將軍・軍監・軍曹・按察等あり。任限を以て考課し、公文を勘へて黜陟す。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
つゝしんで考へてみますと、これが天下を郡縣とすることの始めであります。此の帝に至つて初めて國境を定め、國郡の制度を整へ、造長を立て、稻置を置かれました。これが卽ち郡縣の制度であります。これより歷代そのまゝ受け繼がれ、國には守・介・掾・目といふ役人があり、また郡司・大領・小領・主帳などがありました。國境の要地には帥・大小貳・監・典・將軍・軍監・軍曹・按察使などが置かれました。任期を以て成績を調べ、屆け出の書類を檢討して昇進や降格を決めたのであります。
解説
全集版js13の謹按「是天下爲郡縣之始也、帝至而始定封境、置遠長、稻置者、是乃郡縣之制也、自此歷代因循、國郡之司、置守介掾目、及主帳・少領・大領・軍毅・安察等、任限以考課、公文、邊要之地、有帥・大貳・少貳・監・典・將監・軍曹・安察等、勘之而黜陟、」と主題は同じだが、語順・字句にかなりの異同がある(「是郡縣於天下之始也」と主語・述語の順が逆、「制國郡」の句が独自に加はる、地方官の列擧順序や「將軍」「軍監」など役職名も異なる)。
神治章 七十九封建の義底本 下巻 百十八頁
原文
終王室無封建之義。夫封建者。封侯王於天下。以爲王家之藩屏。行巡狩述職之禮。爲朝覲會同之儀也。郡縣者不封侯公於邦國。立國郡之司。以任限交替。以租税収公廨。分賜諸子功臣也。
訓読
終に王室に封建の義なし。夫れ封建は、侯王を天下に封じ、以て王家の藩屏と爲し、巡狩述職の禮を行ひ、朝覲會同の儀を爲すなり。郡縣は侯公を邦國に封ぜず、國郡の司を立て、任限を以て交替し、租税を以て公廨に收め、諸子功臣に分賜するなり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
結局、皇室そのものには封建といふ制度はありません。そもそも封建とは、諸侯を天下に封じて皇室の藩屏とし、天子が地方を巡つて視察し諸侯が朝廷にその政務を報告する禮を行ひ、朝廷に參内して拜謁し、また互ひに會合する儀式を行ふものであります。これに對して郡縣は、諸侯を國々に封ずることをせず、國や郡の役人を立てて、任期を以て交替させ、租税は公の藏に收め、皇子や功臣にはこれを分け與へるのであります。
解説
全集版js14は「謹按、是天下爲郡縣之始也、夫封建者、封侯王於天下、以爲王室之藩屏、行巡狩述職之體、朝聘會同之儀、租稅以公廨收之、郡縣之司立之、以任限交替、諸子功臣分賜於邦國、」と謹按を繰り返して始まるが、小林本は「謹按」を繰り返さず、前段の謹按から「終に王室に封建の義なし」といふ小林本独自の一句で直接橋渡しする。また全集版に無い「郡縣者不封侯公於邦國」といふ対句を加へ、封建と郡縣の別を明示的に對比させてゐる点が独自である。
神治章 八十竊按 ── 天下の大集底本 下巻 百十八〜百十九頁
原文
竊按。欲平天下者。先治其國。欲治其國者。先齊其家。家聚爲邑。邑縣聚爲郡。郡聚爲國。天下者郡之大集也。故封建郡縣者。天下之治法也。聖人治天下也。量其勢立其制。隨其義詳其禮。
訓読
竊かに按ずるに、天下を平かにせんと欲する者は、先づ其の國を治む。其の國を治めんと欲する者は、先づ其の家を齊ふ。家聚まりて邑と爲り、邑縣聚まりて郡と爲り、郡聚まりて國と爲る。天下とは、郡の大なる集なり。故に封建・郡縣は、天下の治法なり。聖人天下を治むるや、其の勢を量りて其の制を立て、其の義に隨ひて其の禮を詳かにす。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
ひそかに考へてみますと、天下を平らかにしようとする者は、まづその國を治めます。その國を治めようとする者は、まづその家を齊へます。家が齊つて邑や縣となり、邑縣が集まつて郡となり、郡が集まつて國となります。天下とは、郡の大きな集まりに他なりません。ですから封建も郡縣も、共に天下を治める方法であります。聖人が天下を治めるに當つては、その時々の勢ひを推し量つて制度を立て、その筋道に從つて禮を詳しく定めるのであります。
解説
全集版js14後半「竊按、天下欲平者、先治其國、欲治其國者、先齊其家、家齊而邑縣、邑縣聚而郡、郡聚而國、天下者、郡之大聚也、故封建・郡縣者、天下之治法也、聖人治天下也、盡其勢以立其制、隨其義以詳其體、」に対応。『大學』八条目を行政單位の入れ子として讀み替へる構成は全集版と共通するが、字句は随所で異なる(「家聚爲邑」対「家齊而邑縣」など)。
神治章 八十一謹按 ── 得失の對比底本 下巻 百十九頁
原文
封建亦得之。郡縣亦得之。暗主於天下也反之。故封建亦失之。郡縣亦失之。然其法未嘗無可不可。愚謂。封建者。如公天下而私天下。如世王侯而害王侯。如利百姓而毒百姓。如護王室而敵王室。上雖有政令之正。下必存跋扈之志。是悉不何得其人。一封之。則天子速不得變之。執政直不得規之矣。如郡縣異是。有任限。有交替。有黜陟。有輔佐。有監察。易移其任。易規其過。上雖無政教之化。下無尾大不掉之失。故擇人以任。是公天下也。王公坐食其祿。自無擥險之暴。是世王公也。恐罪不逞欲。志遷勵吏務。是利百姓也。土地辟人民庶。是護王室也。
訓読
封建も亦之を得たり、郡縣も亦之を得たり。暗主の天下に於けるや之に反す。故に封建も亦之を失ひ、郡縣も亦之を失ふ。然れども其の法未だ嘗て可不可無きにあらず。愚謂へらく、封建は天下を公にするが如くにして天下を私するが如く、王侯を世にするが如くにして王侯を害す。百姓を利するが如くにして百姓を毒す。王室を護るが如くにして王室に敵す。上政令の正ありと雖も、下必ず跋扈の志を存す。是れ悉く其の人を得べからず。一たび之を封ずれば、則ち天子速に之を變ずるを得ず、執政直ちに之を規すことを得ず。郡縣の如きは是に異なり。任限あり、交替あり、黜陟あり、輔佐あり、監察あり。其の任を移し易く、其の過を規し易く、上政教の化なしと雖も、下尾大掉はざるの失なし。故に人を撰びて以て任ず。是れ天下を公にするなり。王公坐しながら其の祿を食み、自ら險に擥るの暴なし。是れ世の王公なり。罪を恐れて夙夜つとめ、遷るを志して吏務を勵む。是れ百姓を利するなり。土地辟け人民庶きは、是れ王室を護るなり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
封建にも得るところがあり、郡縣にも得るところがあります。暗愚な君主が天下にあれば、これに反します。ですから封建もその本來の姿を失ひ、郡縣もその本來の姿を失ふことがあります。しかしその制度自體には、良いところも惡いところも無いわけではありません。わたしが思ひますに、封建は天下を公のものにするやうでゐて天下を私するやうになりやすく、諸侯を長く續けさせるやうでゐて諸侯を害することがあり、人民を利するやうでゐて人民を毒することがあり、王室を護るやうでゐて王室に仇なすことがあります。上に正しい政令があつても、下は必ず驕り高ぶる志を抱きがちで、良い人材ばかりを得られるとは限りません。ひとたび領地を與へれば、天子もにはかにこれを改めることができず、執政もたゞちにこれを正すことができません。郡縣はこれと異なり、任期があり、交替があり、昇進や降格があり、補佐役があり、監察があります。その任務を移しやすく、その過ちを正しやすく、上に特別な政治の教化が無くても、下には勢力が大きくなり過ぎて制御できなくなるといふ失敗がありません。ですから人を選んで任じることができ、これが天下を公のものにするといふことであります。諸侯は坐したままその祿を食み、みづから危險を冒して亂を起すこともありません。これが世々の諸侯であるゆゑんです。罪を恐れて夙夜つとめ、榮轉を志して職務に勵みます。これが人民を利するといふことであります。土地は開け人民は多くなり、これが王室を護るといふことであります。
解説
全集版js15「凡封建者、先治其國、郡縣者、欲平天下、其道異矣、有得有失、封建者、天下之公法也、聖人治天下也、暗主之於天下也、反之、故封建亦失其體、郡縣亦失其體、然其法未嘗不可不可、愚謂、封建者、如公之於天下、而私之、郡縣者、如護之王室、上雖無政令之正、下必不得移其志、是視之天下也、王公坐食其祿、自無擥險之暴、是世之王公也、二者不可以拘、」と比べ、小林本ははるかに詳細である。全集版が「郡縣者、如護之王室」の一句で濟ませてゐるのに對し、小林本は封建の失(王侯を害す・百姓を毒す・王室に敵す・跋扈の志・變ずるを得ず)と郡縣の得(任限・交替・黜陟・輔佐・監察・尾大掉はざる)とを、對句を連ねて詳細に列擧する。全集版の結び「二者不可以拘」も小林本では見當たらず、代はりに「罪を恐れて夙夜つとめ」以下、郡縣の徳を人民・王室の面から重ねて讃へる独自の結びとなつてゐる。
神治章 八十二郡縣の始めと支那の制度底本 下巻 百二十〜百二十一頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
そこで素行が自分の意見を述べて申しますことは、此の時に地方の長官を定められたことが、日本では郡縣といふ制度の始めと見て宜しいのであります。支那では封建制度も郡縣制度も其の時代に依つてそれぞれ行はれて居たといふことは嘗て申したことがありますが、吾が國では先づ此の時から郡縣といふものの制度が立つたものと見て宜しいのであります。さうして「國郡を制し」──國とか郡とかいふものを定めまして、其の國、其の郡に皆其の長官を置き、國の方はこれを造長と言ひ、小さい邑々の方は稻置といふ名を付けられたのであります。これが支那の郡縣の制度と先づ一致して居る譯であります。
解説
講義冒頭の敷衍。全集版js13の解説では「地理の区画」から「官の任命」への読み替えを指摘するが、小林はここでこれを日本における郡縣制度そのものの起点として位置づけ、支那の制度との一致を強調してゐる。
神治章 八十三地方官の階級と任期・黜陟底本 下巻 百二十一頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
これより以後歴代の朝廷に於て皆此の制度をズッと續けてお用ひになりまして、國に於ては其の長官を守と言ひ、それから其の下には、介とか掾とか目とかだんく之を輔佐する役人がありました。それから郡には郡司といふのがあり、其の他大領、小領、主帳といふやうなものがあり、それからまた地方に依つて、今謂ふ師團のやうに軍隊を駐めて其の地方の衞り、また國の衞りとせられたので、さういふ場合には其の地方に屯守して居る所の軍隊の一番の長官を帥と言ひ、其の他大貳、小貳といふやうなものがその下にありました。これは軍隊の謂ゆる軍政を掌る者であります。それから直接に兵卒を指揮する方を言ふと將軍とか、軍監、軍曹といふやうなものがあり、また按察使といふものを別に置かれたこともあるのであります。斯ういふ譯で、先づ地方の制度も整ひ、それから地方官も皆それぞれ定まりました。これは「任限を以て」──四年とか五年とか期限がありまして、其の期限の間に於ける成績をよく調べて、「黜陟する」──其の功があればモット高い地位に遷し、功がなければ其の職を免ずるといふことになりました。
解説
js13の官職列擧部分(守・介・掾・目、郡司・大領・小領・主帳、帥・大小貳・監・典・將軍・軍監・軍曹・按察使)の實務的な意味を、講義口調でひとつひとつ説き直す段。
神治章 八十四封建の停止と源平期の復活底本 下巻 百二十一頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
斯ういふ譯でこれが定まつたのでありますから、これより以後には皇室から昔のやうに或る地方を與へられるといふやうな、謂はゆる封建の制度といふものはお止めになつた譯であります。後になれば源氏や平家などが勢力を得てから、また封建制度といふものが復活しまして、其の頃各地を領して居た者は一々朝廷から任命される譯ではないので、朝廷に於て國をお治めになる方法としては、郡縣の制度に依るのが先づ本當のことになつて居つた譯であります。此の二つの制度の優劣に就いては、大いに研究をしなければならぬので、
解説
js13以降、日本の統治制度が郡縣中心に移行したといふ小林の歴史認識を示す段。次段からの欄外見出し「封建と郡縣の得失」への導入となる。
神治章 八十五封建と郡縣の得失 ── 封建の定義底本 下巻 百二十一〜百二十二頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
封建と言へば大名を置いて之に土地を與へ、其の土地を治めさせ、之を子孫に傳へさせるといふことで、其の諸侯が皆皇室のお衞りとなるといふのが、先づ大體の制度であります。それから此の封建の制度でありますと、「巡狩」といふのは天子が何年に一度かは方々の諸侯の領地を巡つてお歩きになつて、其の地方の樣子を御覧になり、また成績をよく調べられるのであります。それから「述職」といふのは諸侯が朝廷に參つて天子に拜謁して、自分の國を治めた成績を御報告するといふことなのであります。それから「朝覲會同」といふこともあるので、「朝覲」といふのは諸侯が中央に參る時には、其の臣下をも連れて參りまして、さうして其の臣下が天子に事へて居る所の人々と面會をして、其の意見を聽いたり、また地方の樣子を報告したりするといふやうなこともあるのであります。また「會同」と言へば、其の等の公式の席のみならず、式が終つてから後で朝廷に事へて居る人々と親しく會つて、いろく細かいことの打合せをしたり、また意見を求めたりするのであります。
解説
巡狩・述職・朝覲・會同という js14 の四つの語を、それぞれ具体的な儀禮として順に説き明かす段。
神治章 八十六郡縣の定義 ── 中央任命と俸給底本 下巻 百二十二〜百二十三頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
これは大體支那の封建の制度でありますが、之に基きまして、日本は日本で多少變更もありましたが、大體に於ては支那の風に則つて萬事が行はれたのであります。それから郡縣と言へば、大名といふものを置かないで、卽ち國の長官、村の長官といふやうなものを皆一々中央に於て任命して地方に派遣するのであります。これは任期が四年とか五年とか定まつて居つて、其の任期が過ぎれば交替をして、其の任地を替へるといふやうになつて居るのであります。これは諸侯とは異つて國を與へたのでないから、各々の國の租税といふものは皆中央の政府に納める譯であります。尤も昔の租税といふのは大概穀物などでありますから、一々中央に運ばないで、地方にそれぞれ公廨、卽ち倉があつて其處に收めて、さうして長官は長官で其の毎月の俸給を與へられるといふことになりました。また其の公廨に收めたものを多勢の功のある者にも分けてやるといふ譯で、詰り一國の政治といふものが完全に統一を保つて居る譯であります。
解説
js14「租稅以公廨收之」の一句を、日本における郡縣制度の実際の運用(公廨=倉、俸給、功労者への分配)として詳しく敷衍した段。その八の結び。次冊その九は新たな欄外見出し「根本の問題」──封建と郡縣いづれが良いかは制度ではなく人の問題である、という論点へ進む見込みである。