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中朝事實 小林一郎 講義 二十(神器章 その一)

山鹿素行 原著 小林一郎 講述 ── 神器章の総論、三種の神器の由来と三徳 原文・訓読・講義・補注の四層

この読本について

小林一郎 講義本『中朝事實』の第二十冊。皇統章に続く神器章の最初の分冊(底本 上巻 三四八〜三五六頁)を収めます。八坂瓊曲玉・八咫鏡・草薙劒という三種の神器そのものの由来と意味を論じる、この章の総論にあたります。

この冊の読みどころ(一)。神器章は「瓊矛」――伊弉諾尊・伊弉冊尊が国土を生んだときに用いた矛――から説き起こされます。素行はこの一語を「瓊は玉なり、矛は兵器なり」と分解し、玉(徳の象徴)と矛(武の象徴)とがはじめから一つの器に同居していたことを、神器の起源として読みます。

この冊の読みどころ(二)。三種の神器を「玉は仁、鏡は智、劒は勇」という『中庸』の三達德に配当する一段。皇統章では「智仁勇であるというのは漢學の方の思想」(kd63)と、後世の解釈であることを小林自身が切り分けていました。ところが神器章では、素行自身がこの三徳を器そのものに読み込んでいます。同じ講義者が、章によって同じ主題に違う距離の取り方をしている点に注目してください。

この冊の読みどころ(三)。外朝の九鼎・伝国璽との比較。素行の批判の要点は「傳國の璽は輕し」――大陸の宝器は王朝が交替するたびに定め直され、占いで決めたりもする、その軽さにあります。中國章の易姓批判、皇統章の「姓を易ふること三十姓」(kd135)と同じ論点が、ここでは器の側から語られます。

四層の構成。「原文」は小林本の漢文、「訓読」はその読み下しに総ルビを補ったもの、「現代語訳」の欄には小林一郎の講義そのものを現代表記に直して全文収めています。「解説」は新たに書き加えた補注です。

翻刻について。底本は小林一郎講述『中朝事實』上(皇國精神講座)の影印です。旧字・旧仮名の原本からの文字起こしで、なお誤りが残っている可能性があります。

色分けの凡例

『日本書紀』(本文・一書)本朝の古典(古語拾遺・舊事本紀・元々集ほか)漢籍(易・書・詩・論語・孟子ほか)制度・地理・故事

主要語彙集

瓊矛(ぬぼこ)
玉を飾った矛。「瓊」は玉、「矛」は兵器。伊弉諾尊・伊弉冊尊が国土を生んだときに用いたと伝える。
磤馭盧島(おのごろじま)
瓊矛の先から滴った潮が凝って成ったという島。国産みの最初の島。
滄溟(さうめい)
大海。
天瓊戈(あまのぬぼこ)
瓊矛に同じ。戈と矛はともに柄の長い武器で、素行はここでは同じものとして扱う。
大八洲(おほやしま)
日本の古称。八つの島から成るという意から。
日高見(ひたかみ)
大八洲国の別称。「日の下の見える国」の意とされる。
忌部廣成(いむべのひろなり)
『古語拾遺』(大同二年・八〇七年)の撰者。忌部氏に伝わる祭祀の由緒を記した書。
石凝姥神(いしこりどめのかみ)
鏡作部の遠祖とされる神。天糠戸命の子で、八咫鏡を鋳たと伝える。
草薙劒(くさなぎのつるぎ)
素戔嗚尊が八岐大蛇を斬ったとき、その尾から出たという剣。天叢雲劒ともいう。
三德(さんとく)
智・仁・勇の三つ。『中庸』第二十章に「智仁勇の三者は天下の達德なり」とある。
致格の知(ちかくのち)
『大學』の「格物致知」による。物にいたって知を致すこと。
雕空(てうくう)
中身のない、うつろな飾り物。
九鼎(きうてい)
夏の禹王が九州の金を集めて鋳たと伝える鼎。殷・周へと伝えられ王権の象徴とされた。
和璧(くわへき)
和氏の璧。秦の始皇帝が国璽に刻んだと伝える名玉。
斬蛇劒(ざんだけん)
漢の高祖劉邦が挙兵の際に大蛇を斬ったという剣。伝国の宝とされた。
明堂(めいだう)
天子が政教を行う殿堂。
赤刀・大訓・弘璧・琬琰・大玉・夷玉・天球(せきたう・たいくん・こうへき・ゑんえん・たいぎよく・いぎよく・てんきう)
『書經』顧命篇に、周の成王の喪に際して並べられた宝器として列挙される名。
渾厚(こんこう)
渾然として厚みがあること。
綿邈(めんばく)
はるかに長く続くこと。
寶祚(はうそ)
天皇の位。

登場する神・人物

小林一郎(こばやしいちろう)
一八七六〜一九四四。漢学者・国文学者。二松学舎に学ぶ。『皇國精神講座』を主宰し、『中朝事實』のほか多くの古典を講義した。この読本の講義部分の著者。
山鹿素行(やまがそこう)
一六二二〜一六八五。『中朝事實』の著者。寛文九年(一六六九)、赤穂配流中に本書を著した。
伊弉諾尊・伊弉冊尊(いざなぎのみこと・いざなみのみこと)
国産みの二神。天浮橋の上から天瓊矛を指し下ろし、磤馭盧島を得たと伝える。
忌部廣成(いむべのひろなり)
『古語拾遺』の撰者。忌部氏(祭祀を司る氏族)の伝承に基づき、大同二年(八〇七)に撰進した。
石凝姥神(いしこりどめのかみ)
天糠戸命の子。八咫鏡を鋳た鏡作部の遠祖とされる。

神器章 一神器章の総論 ── 神を祭る心を以て國の政治を行ふ底本 三四九頁 欄外「神器章」
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)

訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
次には「神器章」といふのであります。一體器といふものはさう深い意義はないのでありますが、詰り御先祖の神々の御心持が歴代の天皇にお傳はりになるといふことになつて居るわけであります。それで神器を授けられるといふことに就いては、主として三種の神器に就いて説いてありますけれども、それ以外にも矛のことをも申してあります。それで此の「神器章」に於ては、主として三種の神器に就いて考へられるといふことになつて居りますから、そこで神器を授けられるといふことが非常に重いことになつて居るわけであります。詰り御先祖の神々の御心持が歴代の天皇の御心持に籠もる譯でありまして、器其の物のみではさう深い意義はないのでありますが、或る精神が其の器の中に龍もるといふ意味で、これが非常に重いことになつて居るわけであります。ある事柄は大體前にお傳はりになることと重複したのが多いやうでありますから、それ等のことは別に詳しく説明が加へませぬでも、前に申した説明を照らし合せて戴けば解ることになつて居りますので、大體本文を讀んで必要な所だけに説明を加へるやうにしようと思ひます。

解説
神器章の総論。この段には対応する漢文の原文がない。皇統章の結び(kd140)から続けて、小林が神器章の枠組みをまず口頭で示している。
ここで注意したいのは「器其の物のみではさう深い意義はない」「或る精神が其の器の中に籠もる」という言い方である。神器を物としてではなく、精神の容れ物として読む――この構えが、次段以降の「瓊は玉なり、矛は兵器なり」という分解の読み方(sk05)へとつながっていく。

神器章 二天瓊矛による国産み ── 底下豈に國無からんや底本 三五〇頁
原文
伊弉諾尊伊弉册尊。立於天浮橋之上。共計曰。底下豈無國歟。廼以天之瓊矛。指下而探之。是獲滄溟。其矛鋒滴瀝之潮。凝而成一島。名之曰磤馭盧島。

訓読
伊弉諾尊いざなぎのみこと伊弉册尊いざなみのみこと天浮橋あまのうきはしうへたして、ともはかりてのたまはく、底下そこつしたあにくにからんやと。すなは天之瓊矛あまのぬぼこもつおろしてこれさぐる。ここ滄溟さうめいたり。そのほこさきより滴瀝したたしほりてひとつのしまる。これづけて磤馭盧島おのごろじまふ。

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
伊弉諾尊・伊弉冊尊が天の浮橋の上にお立ちになりまして、ともにお謀りになつて仰せられますには、「此の下に國が無いといふことがあらうか」と。そこで天の瓊矛を以て指し下して之をお探りになりました。すると滄溟即ち大海をお獲めになつたのであります。其の矛の先から滴つた潮が凝つて一つの島となりました。之を名づけて磤馭盧島と申すのであります。

解説
神器章は「瓊矛」から始まる。この場面そのものは天先章・中國章でも国土の由来として引かれたが(磤馭盧島の柱として皇統章 その七〈kd115〉でも読んだ)、ここでは「器」の由来として読み直される。
国土を生むのにも、まず道具(瓊矛)が要った――この一点が、次段以降の議論の出発点になる。神器は後から付け加えられたものではなく、建国のその瞬間から用いられていた、という位置づけである。

神器章 三一書 ── 天瓊戈を賜ふ底本 三五〇頁
原文
一書云。天祖詔伊弉諾伊弉册二尊曰。有葦原千五百秋瑞穗之地。宜汝往脩之。則賜天瓊戈。

訓読
一書あるふみふ、天祖てんそ伊弉諾いざなぎ伊弉册いざなみ二尊にそんみことのりしてのたまはく、葦原あしはら千五百秋ちいほあき瑞穗みづほくにあり。よろしくいましきてこれをさむべしと。すなは天瓊戈あまのぬぼこたまふ。

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
一書に申しますには、天祖が伊弉諾・伊弉册の二尊に詔なさいまして、「葦原の千五百秋の瑞穗の國がある。宜しくお前達は往つてこれを治めるがよい」と仰せられました。そこで天の瓊戈をお賜ひになつたのであります。

解説
異伝の並記。先の段では二神が自ら計らって国を探り、この段では天祖から詔があって国を治めるよう命じられる。素行はこの二つの伝えのどちらかに決めず、両方をそのまま並べて掲げている。
ここで名が変わる点にも注意したい。前段は「瓊矛」、この段は「瓊戈」。次の謹按(sk05)で素行はこの語をあらためて「瓊は玉、矛は兵器」と分解して読む。

神器章 四忌部廣成記 ── 大八洲は瓊矛の成れる所底本 三五〇〜三五一頁
原文
豐葦原千五百秋之瑞穗國者。大八洲未生以前已有其名。雖有名字而無形相。強字其形爲天瓊矛者也。大八洲國者。即瓊矛之所成。其字。中心號曰大日本日高見國。

訓読
豐葦原とよあしはら千五百秋ちいほあき瑞穗國みづほのくに大八洲おほやしまいまらざる以前いぜんすであり。名字みやうじありといへど形相かたちなし。ひてかたちあざなして天瓊矛あまのぬぼこものなり。大八洲國おほやしまぐには、すなは瓊矛ぬぼこれるところなり。あざな中心ちうしんなづけて大日本日高見國おほやまとひたかみのくにふ。

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
忌部廣成記に申しますには、豐葦原千五百秋の瑞穗國といふ名は、大八洲が未だ生れない以前に、既に其の名がありました。名がありましたけれども形はなかつたのであります。強ひて其の形を名づけて申せば、天の瓊矛から成つたものであります。大八洲國とは、卽ち瓊矛の成れる所であります。其の名を中心に號けて大日本日高見國と申すのであります。

解説
『古語拾遺』(忌部廣成、大同二年〈八〇七〉撰)からの引用。忌部氏は祭祀を司る氏族で、この書は忌部氏に伝わる由緒を記したもの。素行は皇統章・神器章を通じてしばしばこの書を引く。
「名はあつたが形はなかつた」という言い方に注目したい。国そのものの成り立ちが、瓊矛という器の働きと不可分に語られている。器が国を生んだ、という順序である。

神器章 五謹按 ── 瓊は玉なり、矛は兵器なり底本 三五一〜三五二頁
原文
謹按。神代之靈器不一。而天祖授二神以瓊矛。瓊者玉也。矛者兵器也。矛玉自從。則有天瓊矛。

訓読
つつしみてあんずるに、神代じんだい靈器れいきいつならず。しかして天祖てんそ二神にしんさづくるに瓊矛ぬぼこもつてす。たまなり、ほこ兵器へいきなり。ほこたまおのづかしたがふ、すなは天瓊矛あまのぬぼこあり。

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
謹んで按じまするに、神代の靈器は一ならず、種々あるのであります。それで天祖が二神にお授けになりましたのは瓊矛であります。「瓊」といふ字は玉のことであります。「矛」といふのは兵器であります。矛に玉が自ら從ふ、卽ち矛に玉が伴つて居るといふのが天の瓊矛であります。

解説
「瓊矛」の二字を「玉」と「矛」に分解するのが素行の鍵である。玉(徳の象徴)と矛(武の象徴)とがはじめから一つの器のなかに同居していた――これが神器章のみならず、後の武德章にもつながる素行の基本認識である。
器を分解して読むという手つきは、皇統章で「智仁勇は漢學の解釈」と切り分けた小林の姿勢(kd63)とも重なる。ただしそこで切り分けられたのは後世の解釈であり、ここで素行が行っているのは語そのものの分解である点は区別して読みたい。

神器章 六謹按 ── 聖神にして殺さず底本 三五二頁
原文
謹按。聖神而不殺也。蓋草昧之時。暴邪未撥。平於暴邪。驅去殘賊。非武威。不可得也。故天孫之降臨。亦矛玉自從是也。凡中國之威武。外朝及諸夷竟不可企望之。

訓読
つつしみてあんずるに、聖神せいしんにしてころさざるなり。けだ草昧さうまいとき暴邪ばうじやいまはらはず。暴邪ばうじやたひらげ、殘賊ざんぞくるには、武威ぶゐにあらずんばべからざるなり。ゆゑ天孫てんそん降臨かうりんにも、また矛玉ほこたまおのづかしたがふ、これなり。およ中國ちうごく威武ゐぶ外朝ぐわいてうおよ諸夷しよいつひこれくはだのぞむべからず。

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
謹んで按じまするに、聖なる神でいらつしやつても、殺さないといふわけではないのであります。蓋し草昧の時、卽ち世の中がまだ開けきらない時分には、暴虐や邪悪といふものが未だ払はれて居りませぬ。暴虐や邪悪を平げ、殘賊を驅り去るには、武威によらなければ得られないのであります。故に天孫の降臨にも、亦矛と玉とが自ら從つて居るといふのは、これであります。凡そ中國(日本)の威武は、外朝及び諸々の夷狄が、竟に之を企て望むことの出來ないものであります。

解説
「聖神にして殺さず」ではなく「聖神にして殺さざるなり」――聖であることは、殺さないことを意味しない、という一句である。兵学者である素行らしい断言で、聖であることと武を用いることは矛盾しない、と言い切っている。
ただし限定も付いている。武が用いられるのは「暴邪を平げ、殘賊を驅り去る」ためであり、武そのものが目的ではない。次段(sk07)で小林はこの点をさらに敷衍する。

神器章 七「武」の字の意味 ── 戈を止むる底本 三五三頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)

訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
武力を用ひるといふことは、人の過ちを匡して正しい道に還らせるといふことが目的でありまして、殺すといふことが目的ではないのであります。それでありますから、易の中にも「何處までも過ちを改めなければ命をも失ふ」といふ「神武にして殺さず」といふ言葉があります。それでありますから、此の「武」といふ字は左傳の中の説明に「戈を止むる」とあります。斯ういふやうなことを主にいたしまして、武力を用ひなければ之を平げることが出來ませぬから、其の武力を以て其の武器を示すのであります。それでありますから、此の「武」といふ意味は、本當の「武」といふ意味とは違ふのでありまして、決して武威を恃みにして人の亂暴を擴げるといふやうなことではないのであります。

解説
この段には対応する原文がない。小林が「矛は兵器なり」を承けて、自分の知識で「武」の字義を敷衍した箇所である。「戈を止むる」は『春秋左氏傳』宣公十二年に見える有名な字源解釈で、「武」の字が「止」と「戈」から成るという説明である(ただしこれは後世の解字であり、甲骨文・金文における実際の成り立ちとは異なるとするのが現在の文字学の見方である)。
【積極評価】武力の行使を「人の過ちを匡して正しい道に還らせる」ことに限定し、「武威を恃みにして人の亂暴を擴げる」ことをはっきり否定している。皇統章 その七(kd119)の「無論敵に勝つといふことが主ではありませぬ」と同じ向きの発言である。

神器章 八劒と玉、併せて授けらるる意義底本 三五三頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)

訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
此の事は前にも我が國が武威を張るといふ、此の神器の意義を此處では徹底的に説明してある譯であります。それで天孫降臨の時にも、鏡を授けらるゝと共に、劒といふものは武威を張るといふ意味を表はし、劒と玉とを併せて授けられました。此の三種の神器の中に草薙の劒といふものがあつて、是れやはり武器であります。剱と玉とが伴うて居るといふ所に、深き意義が存するのであります。玉といふものは平和の意味を表はすのでありまして、劒といふものは武威を張るといふ意味を表はすのでありますから、劒と玉とが併せて授けられたといふ所に、深き意義があるといふことが明かにされて居るのであります。

解説
ここでも劒と玉が一組で語られる。先の瓊矛の分解(sk05:玉=徳、矛=武)と、この段の「劒と玉とが伴うて居る」は同じ構図の反復である。
玉といふものは平和の意味を表はすという言い方は、次段以降の「玉は仁を表す」(sk13)を先取りしている。小林の講義は、このように本文の後段の内容を前もって口にしてから、あらためて本文に戻るという運びをしばしば取る。

神器章 九一書 ── 二種の神寶、三種の神寶底本 三五四頁
原文
一書曰。天照太神高皇産靈尊。乃相語曰。夫葦原瑞穗國者。吾子孫可王之地。即以八咫鏡及草薙劒二種天寶。授賜皇孫。永爲天璽。

訓読
一書あるふみいはく、天照太神あまてらすおほみかみ高皇産靈尊たかみむすびのみことすなはあひかたりてのたまはく、葦原あしはら瑞穗國みづほのくには、子孫うみのこきみたるべきのくになりと。すなは八咫鏡やたのかがみおよ草薙劒くさなぎのつるぎ二種ふたくさ天寶あまつたからもつて、皇孫くわうそんさづたまひ、なが天璽あまつしるしす。

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
一書に申しますには、天照太神・高皇産靈尊が、ともに御相談になつて仰せられますには、「葦原の瑞穗國は、吾が子孫が王として治めるべき地である」と。そこで八咫鏡及び草薙劒の二種の天寶を以て、皇孫にお授けになり、永く天璽とされたのであります。天孫天降ります時、天照太神は乃ち八坂瓊の曲玉及び八咫の鏡、草薙の劒の三種の神寶を以て、皇孫に授け賜ひ、永く天璽と爲す、とも傳へられて居ります。所謂神璽劒鏡といふのは是れであります。

解説
ここでも二種とする伝えと三種とする伝えが並べて掲げられる。ある一書は鏡と劒の二種を、また別の一書は玉を加えた三種を挙げる。素行は異伝をどちらかに決めてしまわず、両方をそのまま並べる――これは皇統章で本文と一書を並べて掲げてきたのと同じ流儀である。

神器章 十支那の聖人と皇統との違ひ底本 三五四頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)

訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
支那などでも、堯舜以來歴代の聖人といふやうな者は、みな徳を以て世を治めるといふことを主として居たのでありますけれども、其の子孫に至りますと、徳の無い者も出て來るものでありますから、ツイ國が亂れます。我が國に於きましては、歴代の天皇が何れも御徳が高くていらつしやいます。これは成るほど支那などでも堯舜以來歴代の聖人といふ者と、比べることは出來ないのであります。外の國に於きましては、たとひ理論として説きましても、事實に於て我が國と比べることは出來ないのであります。我が國が世界の何處にも比ぶべきものではないのでありますけれども、其の教への根本たる所の事實を、お互ひがよく知らなければならないのであります。

解説
【転回2】ここでも本読本で繰り返し指摘してきた型が現れる。支那の聖人(堯舜)は徳をもって治めたが、その子孫は徳を欠くこともあった、という一般論と、日本の歴代天皇は皆御徳が高い、という理念とが並べられ、両者が比較不能なものとして片付けられている。史実として見れば、歴代天皇の徳の高さもまた検証しうる主張ではなく、この対比自体が非対称であることに注意したい。
皇統章 その八(kd137)で見た型と同じである。

神器章 十一謹按 ── 皇代受授の三種の神器、八坂瓊曲玉の由来底本 三五四〜三五五頁
原文
謹按。是皇代受授之三種神器也。蓋八坂瓊曲玉者。櫛明玉命所造之瑞玉也。──又名羽明玉。又名天明玉。伊弉諾尊子。──

訓読
つつしみてあんずるに、皇代くわうだい受授じゆじゆ三種みくさ神器じんぎなり。けだ八坂瓊曲玉やさかにのまがたまは、櫛明玉命くしあかるたまのみことつくところ瑞玉みづたまなり。──また羽明玉はあかるたままた天明玉あめのあかるたま伊弉諾尊いざなぎのみことなり。──

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
謹んで按じまするに、是れが皇代受授の三種の神器であります。蓋し八坂瓊の曲玉は、櫛明玉命の造る所の瑞玉であります。(櫛明玉命は、又の名を羽明玉、又の名を天明玉と申しまして、伊弉諾尊の御子であります。)皆天神の至誠であります。此の時未だ嘗て三徳の名はありませなんだ。而して自ら其の名義存するのみであります。

解説
三器の出どころを確認する段。玉を造ったのは櫛明玉命(羽明玉・天明玉とも)、伊弉諾尊の子とされる。
注目したいのは「此の時未だ嘗て三徳の名はありませなんだ」の一句である。玉が作られた当初は、まだ「仁・智・勇」という三徳の名で意味づけられてはいなかった。意味づけは後から与えられたのだ、という留保がここに置かれている。次々段(sk13)の「玉は仁を表す」を読むときは、この留保も併せて覚えておきたい。

神器章 十二八咫鏡・草薙劒の由来底本 三五五頁
原文
八咫鏡者。石凝姥神所鑄之靈鏡也。──石凝姥神。天糠戸命之子。作鏡遠祖也。──草薙劒者。在大蛇尾之寶劒也。共有大功於此國。

訓読
八咫鏡やたのかがみは、石凝姥神いしこりどめのかみところ靈鏡れいきようなり。──石凝姥神いしこりどめのかみ天糠戸命あめのぬかどのみことにして、かがみつく遠祖ゑんそなり。──草薙劒くさなぎのつるぎは、大蛇をろちりし寶劒はうけんなり。とも大功たいこうくにり。

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
八咫の鏡は、石凝姥神の鑄る所の靈鏡であります。(石凝姥神は天糠戸命の御子でありまして、鏡を作る遠祖であります。)草薙の劒は、大蛇の尾に在りし寶劒であります。共に大きな功が此の國に有るのであります。

解説
「共に大功此の國に有り」の一句。三器はいずれも天から降ってきたのではなく、この国のなかで造られ、この国のなかで得られたものだと素行は言う。玉と鏡はこの国の工人の手になり、劒はこの国の大蛇の尾から出た。国産の器であることが、そのまま「中國(日本)」という自称の証になっている、という論法である。

神器章 十三玉は仁を表し、鏡は智を表し、劒は勇を表す底本 三五五頁
原文
而玉可以表仁之德。鏡可以表致格之知。劒可以表決斷之勇。其所象形。皆有三德之名。而非有此靈器而已。又有此靈器之相備。此靈器之成功。最可畏之甚也。

訓読
しかしてたまもつじんとくへうすべく、かがみもつ致格ちかくへうすべく、つるぎもつ決斷けつだんゆうへうすべし。そのしやうかたどところみな三德さんとくあり。しかしてこの靈器れいきあるのみにあらず、またこの靈器れいきあひそなはるあり。この靈器れいき成功せいこうもつとおそるべきのはなはだしきなり。

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
而して玉は以て仁の徳を表すべく、鏡は以て致格の智を表すべく、劒は以て決断の勇を表すべきであります。その象のかたどる所、皆三徳の名があります。而してこの靈器があるのみではなく、又此の靈器の相備はるといふことがあります。此の靈器の成功は、最も畏るべきことの甚しいものであります。三器といふものは天神の功器でありまして、三徳の全備であります。聖主は此を用ひて、内は其の睿心に鑒み、外は其の治教を制せられるのであります。是れ乃ち神代の遺勅でありませう。

解説
本章の核心である。玉=仁、鏡=智、劒=勇。三種の神器を『中庸』の三達德に配当してしまう。この読み替えによって、神器は単なる王権の印ではなく君主が備えるべき徳の目録になる。
皇統章では小林自身が「智仁勇であるといふのは漢學の方の思想であつて、初め天照大神が三種の寶をお與えになる時に、何も智仁勇に象どつたなどといふ仰せはなかつた」(kd63)と、後世の解釈であることをはっきり切り分けていた。ところがこの神器章では、素行自身の按語がこの三徳を器そのものに読み込んでいる。同じ小林の講義のなかで、同じ主題(三徳と神器の関係)に対する距離の取り方が章によって違う――この揺れは、素材である素行の原文がそもそも一様でないことの反映でもある。前段(sk11)で「此の時未だ嘗て三徳の名はありませなんだ」と留保されていたことと、あわせて読んでおきたい。
素行が力を込めるのは「相備はる」の三字である。一つあるだけでは足りない。仁と智と勇がそろってはじめて意味を持つ――だから三種なのだ、という論法である。

神器章 十四唯此の靈器あるのみに非ず底本 三五五頁
原文
唯有此靈器之名而已。又有其名義之存所而已。非唯有此靈器。天神之至誠。聖主用之。而內鑒其睿心。外制其治敎。是乃神代之遺勅乎。若專擁三器。而不正内。則雕空而無神器也。

訓読
だこの靈器れいきあるのみにあらず、またその名義めいぎそんするところあるのみにあらず。だこの靈器れいきあるのみにあらず。天神てんじん至誠しせいなり。聖主せいしゆこれをもちひて、うちはその睿心えいしんかんがみ、そとはその治敎ちけうせいす。すなは神代じんだい遺勅ゐちよくか。もつぱ三器さんきようして、しかしてうちただしからざれば、すなは雕空てうくうにして神器しんきなきなり。

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
唯だこの靈器の名があるといふだけではありませぬ。又其の名の意味する所が傳はつて居るといふだけでもありませぬ。唯だこの靈器があるといふのみではなく、天神の至誠であります。聖なる天皇は之を用ひられて、内は其の睿智なる御心に鑒み、外は其の政治の仕組みを制せられます。是れ乃ち神代の遺勅でありませう。若し専ら三器を擁して、内が正しくなければ、則ち中身のない飾り物にすぎず、神器はないのと同じであります。

解説
素行の厳しさが出る一節である。神器を持っていることと、神器があることとは違う。器の名が伝わり、その意味が知られているだけでは足りない。君主がそれを用いて内に心を正し外に治を整えて、はじめて神器は神器である。用いなければ「雕空にして神器なきなり」――中身のない飾り物にすぎない、と素行は言い切る。
皇統章の結語「謹按、天下は神器にして人物の命なり」(kd139)と同じ論法である。血統や器物さえあればよいとは、素行はここでも言っていない。

神器章 十五外朝の九鼎・傳國璽と比すれば底本 三五五〜三五六頁
原文
凡外朝夏有九鼎。殷周相傳。秦弄性心。刻卞玉以爲國璽。漢以斬蛇劒。爲傳國寶。後世以座朝堂。執傳國璽。列九鼎。爲天下之三器。此中朝之神器。比蓋皇統之受授。

訓読
およ外朝ぐわいてう九鼎きうていあり、いんしうあひつたふ。しん性心せいしんもてあそび、卞玉べんぎよくきざみてもつ國璽こくじし、かん斬蛇劒ざんだけんもつて、傳國でんこくたからす。後世こうせい朝堂てうだうするをもつて、傳國でんこくり、九鼎きうていつらねて、天下てんか三器さんきす。中朝ちうてう神器じんぎに、くらぶればけだ皇統くわうとう受授じゆじゆなり。

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
凡そ外朝は、夏に九鼎があり、殷・周がこれを相傳へました。秦は性心を弄びまして、卞玉を刻んで國璽と爲し、漢は斬蛇の劒を以て傳國の寶と爲しました。後の世には朝堂に座するを以て、傳國の璽を執り、九鼎を列ねて、天下の三器と爲したのであります。此れを中朝(日本)の神器に比べますれば、蓋し皇統の受授とは、到底同日に論ずべきものではないのであります。

解説
外朝の宝器との比較。素行の批判の要点は「傳國の璽」の軽さにある。大陸の宝器は王朝が交替するたびに新しく定め直され、しかも「性心を弄び」――思いつきで刻んだり選んだりする。中國章の易姓批判、皇統章の「姓を易ふること三十姓」(kd135)と同じ論点が、ここでは器の側から言われている。器が変わらないのは、それを伝える統が変わらないからだ、という理屈である。

神器章 十六・結寶祚の永久を期す ── 三種の神器・結び底本 三五六頁
原文
必以三神器。而期寶祚之永久。系連綿邈之無窮。以上、三種之神器。

訓読
かなら三神器さんじんぎもつてす。しかして寶祚はうそ永久えいきうし、連綿邈れんめんばく無窮むきゆうかかる。以上いじやう三種みくさ神器じんぎなり。

現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
皇統の受授には、必ず三種の神器を用ひます。而して寶祚の永久を期し、國を傳へることの信とまことを表すのであります。聖なる天皇の御代々にわたつて、それに依つて天下を治め平らかにする道を尊ぶのであります。中州(日本)の渾然として厚いこと、其の系統のはるかに窮まりないことは、皆神聖の致す所であります。以上を以て、三種の神器についての講義を終ります。

解説
三種の神器の総論、その結びである。神器の役割がここで整理される――①皇位の永久を期す ②国を伝えることの信とまことを表す ③治平の道を尊ぶ。とくに二つめの「信誠」が要である。器は約束のしるしであり、約束が守られてきたことの証でもある。器が変わらないことと、統が変わらないこととが、たがいに支え合っているという構図である。
これで神器章の総論(其の一)を終える。次冊からは、鏡・剣それぞれについての神勅と、伊勢神宮への遷座の由来など、神器章の各論に入る。