皇統章 七力を戮せ心を一にして天下を經營す ── 大己貴命と少彦名命底本 三二〇頁
原文
夫大己貴命與少彦名命。戮力一心。經營天下。
訓読
夫の大己貴命、少彦名命と力を戮せ心を一にして天下を經營す。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
そこで此の大己貴命と少彦名命とが力を協せて経営をして、此の國は先づ相当に治まって居った。
解説
二人でやった、という一句。素行は国造りを一人の英雄の事業として書かない。「力を戮せ心を一にして」――大己貴命と少彦名命の二神が並べられる。
少彦名命はきわめて小さな神である。その小さな神と、国土の主とが対等に並べられている。
これは皇統章 その二(kd24)以来の素行の主題③――適材適所と重なる。大きい者が小さい者を使うのではなく、力を戮せ、心を一にする。
皇統章 七(承)二神寂然として長へに隱れし後 ── 此の國を平げて大造の績を建つ底本 三二〇頁
原文
蓋二神寂然長隱之後。大己貴命──素戔嗚尊子。──少彦名命──高皇産靈尊子。──平此國。建大造之績。
訓読
蓋し二神寂然として長へに隱れし後、大己貴命──素戔嗚尊の子。──少彦名命──高皇産靈尊の子。──此の國を平げて大造の績を建つ。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
彼の伊弉諾尊・伊弉冊尊二柱の神がお隠れになって後に、素戔嗚尊の子である所の此の大己貴命と、それから高皇産靈尊の子である所の少彦名命とが此の國を能く平げて、詰り天孫のお降りになる迄に此の國をよく治めて、大体は此の國が治まったといふだけの成績が挙ったのであります。
解説
「二神」を誰と読むか。小林はこれを伊弉諾尊・伊弉冊尊と読む。だが原文の直前は大己貴命と少彦名命の話であり、『日本書紀』の該当箇所――少彦名命が熊野の御碕から常世鄕へ去ったあと、大己貴命が独りで国中を巡ったという段――に照らせば、「二神」=大己貴命と少彦名命と読むほうが自然である。ここは読みが分かれると見ておきたい。
「大造の績を建つ」。これは素行が国譲りの相手に与えた評価である。「大造」は国を一から造り上げることで、決して軽い語ではない。前冊(kd78)で見たとおり、小林は一度「其の徳を比べれば一段下って居る」と書いたが、素行の原文はそういう比較をしない。功績は功績として、はっきり書く。
皇統章 七(承)八十萬の神を天高市に合せ ── 其の誠款の至りを陳ぶ底本 三二〇頁
原文
大己貴命。其子事代主神。及合八十萬神於天高市。帥以昇天。陳其誠款之至。
訓読
大己貴命、其の子事代主神及び八十萬の神を天高市に合め、帥ゐて以て天に昇り、其の誠款の至りを陳ぶ。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
そこで大己貴命と其の子の事代主神とが、「八十萬」といふのは多勢の神々を率ゐて、さうして日本の國土は大体治まって、天孫がお降りになっても一向お差支へないだけの様子になったといふことを、天照大神の所へ参りまして報告を申上げたのであります。
「誠款の至り」といふのは、自分達が大いに丹精をして一通り治めた。それで此の上はモウ天孫がお降りになっても妨げをする者はありますまいといふことを申上げた──
解説
国譲りを「報告」として書く。ここが素行の書き方の特徴である。
『日本書紀』の国譲りには、經津主神・武甕槌神が剣を逆さに突き立てて大己貴神に迫る場面がある。前冊(その四)で素行もその一句――「諸の不順なる鬼神等を誅す」――は引いている。
だがこの按語では、迫られて屈したとは書かない。大己貴命の側が自ら八十萬の神を集め、装いを整えて天に昇り、まごころを述べたと書く。譲る側の能動として描かれている。
これは史実の記述ではなく、素行の選択である。同じ神話から、屈服の物語を書くことも、誠意の物語を書くこともできた。素行は後者を選んだ。その選択自体が、素行の政治観を語っている――力ではなく徳で治まる、という。
皇統章 七(承)而る後に天孫此の國に天降りますなり ── 順序が語つてゐるもの底本 三二〇〜三二一頁
原文
而後天孫天降此國也。
訓読
而る後に天孫此の國に天降りますなり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
──から、そこで初めて天照大神が、然らば天孫を降さうといふことを仰せられまして、此の仰せに基いて天孫が此の國にお降りになった。斯ういふ風に伝へられて居るのであります。
解説
「而る後に」の一語。素行はここに順序を置いた。
①大己貴命と少彦名命が国を経営し、大造の績を建てる → ②大己貴命が自ら天に昇り、誠款の至りを陳べる → ③而る後に天孫が降る。
この順序は、降臨が既成事実の追認ではなく、地上の側の営みと同意を前提としていることを意味する。小林の講義も「そこで初めて」と、その順序を素直に受けている。
皇統章 その二(kd24)の「人民の精は以て之を主とすべし」――勝れた者が主となる――と、ここは同じ向きを向いている。
皇統章 八生知の聖神にして、事毎に之を問ふ ── 輕々しく御決定にならう筈はない底本 三二一頁 欄外「天照大神の深慮」
原文
凡天神者生知之聖神。而每事問之。
訓読
凡そ天神は生知の聖神にして、而も事毎に之を問ひたまふ。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
固より天照大神のやうな方は、生れながらにして勝れた徳を具へ、勝れた智慧を具へた方であるから、お孫様を此の國にお降しにならうといふことを軽々しく御決定にならう筈はないので、無論此の國にお孫様をお降しになった以上は、其の御子孫が必ず永く此の國で栄えていらつしやるといふことの見透しをお付けになって、さうしてお降しになったに相違ないのであります。
解説
この一句が皇統章の思想的な頂点である。
生知の聖神である――にもかかわらず、事あるごとに問う。
普通、神話は神の全知を語るものである。素行はここで逆に、全知であるはずの神が問うたことを称える。知は独占ではなく、諮問によって働くという主張である。
これは素行が皇統章を通じて繰り返す主題④――疑問には理屈で答えると地続きであり、『中朝事實』のなかでも最も普遍的に読める一段だろう。
皇統章 八(承)俯して衆言に順ふ ── 足れりとせずして他の者の意見をお聽きになる底本 三二一頁
原文
俯順衆言。其兼容之量。噫至哉。
訓読
俯して衆言に順ふ。其の兼容の量、噫至れる哉。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
併しながら物事は決して軽々しくすべきものではないから、一々他の者の意見をも聴き、また他の者に大体の計画を立てさせて、それから瓊瓊杵尊をお降しになるといふことを御決定になったのであります。
実に御心が寛くて、御自分が充分の力を具へていらつしやりながら、尚ほこれを以て足れりとせずして、他の者の意見までもお聴きになるといふことは、至れり尽せりの御徳と申さなければならぬのであります。
解説
「俯して」。素行はここで頭を下げるという語を使う。上から意見を徴するのではなく、身を低くして衆議に従う。
「兼容の量」――兼ね容れる度量。「噫至れる哉」――なんと至れり尽せりであることか。素行が『中朝事實』のなかで感嘆詞を置く箇所は多くない。ここはその数少ない一つである。
小林の講義も、この段では素直に素行を追っている。「御自分が充分の力を具へていらつしやりながら、尚ほこれを以て足れりとせず」――力があることと、意見を聴くことは矛盾しない、という読み方は正しい。
皇統章 八(承)明治天皇の如きは ── 最後の御決定はやはり御自身でなさる底本 三二一頁
原文
俯順衆言。
訓読
俯して衆言に順ふ。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
此のお心持は御歴代の天皇にもまたお伝はりになってあることと思はれるのでありまして、私共の伺ひました所でも、明治天皇の如きは如何なる大事を御決定になる時にも、必ず臣下の者の意見をお聴きになって、さうして御自身のお心持を以て之を御裁定になったと申すことであります。
斯ういふのが人の上に立つ方の本当の態度であって、無論御自身の御考へが間違ひないと思はれても、それでも尚ほ他の者の意見を聴いて、最後の御決定はやはり御自身でなさるのであります。これでなければ多勢の人を統一して行くといふことの本当に出来るものではないのでありまして、即ち天照大神の時の御態度が御歴代の天皇の御態度となって今日まで遺って居るといふことは、吾々として非常に尊いことと存じなければならぬのであります。
解説
読むときの注意。ここは小林の側の美点と、時代の刻印とが重なっている箇所である。
美点。「意見を聴く」ことと「自分で決める」ことを両方言い切っている。「これでなければ多勢の人を統一して行くといふことの本當に出來るものではない」――独断では人は動かない、という一般論として、ここは今も読める。
刻印。皇統章 その三(kd48〜kd50)で見たとおり、同じ小林が「議會たるものは決して異議を申すべきものではない」とも書いていた。本冊のこの段と、その段とは、明らかに向きが違う。
ここで小林が引く明治天皇の像――大事の決定に必ず臣下の意見を聴いた――は、昭和十年代に広く語られた型である。御前会議の実態は、この理想像とはかなり隔たっている。小林が語っているのは、あるべき姿の話であると受け取っておきたい。
皇統章 八(結)配侍せしむる五神 ── 君臣心を一にしてこそ國は永久に治まる底本 三二二頁
原文
使配侍五神者。共有大功於此國也。
訓読
配侍せしむる五神は、共に此の國に大功あるなり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それからまた此の時に天孫にお供をして参った五柱の神といふものは、共に此の國に大功のある人である。
謂はゆる聖人とも謂はるべき所の君主が賢者の輔けを得て、君臣心を一にしてこそ國は永久に治まるといふことは、此の事実に依ってよく表はされて居るのであります。
解説
五柱の神。中臣氏の祖 天兒屋命、忌部氏の祖 太玉命、猿女氏の祖 天鈿女命、鏡作氏の祖 石凝姥命、玉作氏の祖 玉屋命(前冊 その四 参照)。いずれも後の氏族の祖とされる神である。
素行が「共に此の國に大功あるなり」と書くのは、降臨が天孫ひとりの事業ではなかったという意味である。これは素行の主題②――輔ける者に無私と③――適材適所の、そのままの適用にあたる。
小林の「君臣心を一にしてこそ國は永久に治まる」という読みも、素行の意に沿っている。ただし素行が書いているのは「共に大功あり」――功は共有されている――であって、上下の秩序の話ではない。
皇統章 九寶祚の隆なること當に天壤と與に窮りなかるべし ── 天地と德を合はす底本 三二二頁
原文
寶祚之隆。當與天壤無窮。十字祝天孫永祚合天地之德也。
訓読
寶祚の隆えまさんこと當に天壤と與に窮まりなかるべしの十字、天孫の永祚天地の德を合するを祝するなり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
また天照大神が仰せられた「寶祚の隆なること当に天壤と與に窮まり無かるべし」といふ此のお言葉は、天照大神の御子孫が永く此の國にお栄えになって、天地と徳を合はすものであるといふことを予めお祝ひになったお言葉で、臣民たる者も此の神勅を固く信じて、さうして此の天地と與に窮まり無い所の皇室を永久にお輔け申し、また此の皇室のお導きに依って自分達も正しき道を踏んで行くやうに心掛けなければならぬのであります。
解説
素行が付けた条件を見落とさないこと。素行の注は「天孫の永祚、天地の德を合するを祝するなり」である。天地の德を合する――これが条件であって、無条件の永続の宣言ではない。
『易経』乾卦文言伝に「大人なる者は天地と其の德を合す」とある。素行はその語を借りて、天壤無窮とは「天地と徳が合っている限り」の話だと読ませている。皇統章 その二(kd24)以来の主題①――上に立つ者に徳という条件が、ここでも保たれている。
転回(一)。小林はここから「臣民たる者も此の神勅を固く信じて…皇室を永久にお輔け申し」と、臣下の義務の話へ移る。素行が上に立つ者に課した条件が、下の者の心構えに置き換わっている。
この講義が行われたのは、天壤無窮の神勅が国体明徴の標語として最大限に用いられていた時期である。
皇統章 九(承)眞床追衾は覆ひて外なきの義を表はす ── 澤を蒼生に蒙らす底本 三二二頁
原文
眞床追衾者。表覆無外之義。蒙澤於蒼生之名也。
訓読
眞床追衾は覆ひて外なきの義を表はす。澤を蒼生に蒙らすの名なり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それから此の時に天孫の御身を衾を以て覆はれたといふことがありますが、「覆ふ」といふのは即ち物を全うするといふ意味で、即ち天孫が欠くる所なき御徳をお具へになり、さうして又何人もこれに敵対することの出来ないやうな力を持って多くの神々と共に此の國にお降りになり、さうして其の御徳を以て人民を恵まれて、みなに幸福をお分ちになると、斯ういふ意味を表はして居るものと解釈されるのであります。
解説
素行の力点は「蒼生」にある。
眞床追衾は『日本書紀』の難語で、寝具とも産着ともいわれ、確かなことは分からない。素行はそこに二つの意味を読む――①覆ひて外なき(欠けるところがない)、②澤を蒼生に蒙らす(恵沢を民に及ぼす)。
②が重要である。覆うという語から、素行は民を覆うほうへ話を運んでいる。神器の解釈が、そのまま民政の話になっている。
小林も「其の御德を以て人民を惠まれて、みなに幸福をお分ちになる」と、その方向を保っている。ただし小林は途中に「何人もこれに敵對することの出來ないやうな力」という一句を加えており、これは素行の原文にない。
皇統章 九(承)三種の寶物は天神の靈器・傳國の表物 ── 其の寄甚だ重し底本 三二二頁
原文
三種寶物者。乃天神之靈器。傳國之表物。其寄甚重矣。
訓読
三種の寶物は、乃ち天神の靈器、傳國の表物、其の寄せ甚だ重し。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それから三種の神器といふのは、天照大神の御身にお着けになったものをお與へになったのでありますから、無論天照大神が此の三種の神器のある國を永久にお護りになるといふ意味が現はれて居るのであります。
されば天皇が御位をお伝へになる時には、此の三種の神器を併せてお伝へになる、即ち國を伝へるといふ証しとしての神器でありまして、洵にこれは重要な意義を具へられたものと言って宜しいのであります。
解説
「寄せ」という語。「寄」は託す・預けるの意である。「其の寄せ甚だ重し」――託されているものが、きわめて重い。
神器を「権威の象徴」ではなく「託された重荷」として読む――これが素行の立場である。持てば偉いのではなく、持たされた責任が重い。次の欄外「神勅の深意」の段(kd93)へ、この読みがそのまま続いていく。
三種の神器の由来については伝えが分かれる(kd74)。素行も小林も、そこは「根本の御精神に於て少しも變りはない」として深追いしない。
皇統章 九(承)饒速日命 ── 是れ實に天神の子ならば、必ず表物あらん底本 三二二〜三二三頁
原文
神武帝謂饒速日命曰。是實天神之子者。必正有表物。可相示之。
訓読
神武帝、饒速日命に謂ひて曰く、是れ實に天神の子ならば、必ず正に表物あらん、之を相示すべしと。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
無論何物でもたゞの品物ではなく、其の物の中に心が籠って居て初めて尊いのであります。
それであるから神武天皇が大和にいらしつた時、饒速日命が初めは神武天皇に対抗して居るやうな様子でありましたが、神武天皇の御伝へになった弓箭器と、それから饒速日命が御祖先から伝へられたものとを比べて見て、神武天皇の方が御本家である、自分は神武天皇のいらつしやるまでの間此の國を治めて居たのであるが、御本家を代表する方がいらつしやった以上は、速かに此の國をお讓り申して、自らは其の御臣下にならうといふ決心をしたといふことが伝はって居るのでありますが、
解説
素行が神武紀を先取りして引く理由。この一段は次冊以降で本文に入る神武東征の話だが、素行はここで先に引いている。理由は一つ――「表物」とは何かの実例だからである。
饒速日命の物語は、先に大和にいた勢力とあとから来た勢力との関係を語る伝承である。
読むときの注意。この物語は「先住勢力が自ら進んで譲った」という形をとっている。国譲り(kd82)と同じ型である。同じ型が繰り返されるとき、それは事実の反映というより語りの型であると考えるほうがよい。実際には物部氏が大和で有力だった史実を、後から皇統に系譜づけた説明とみるのが通説である。
皇統章 九(結)弓箭を比べる ── 物の中に心が籠つて居て初めて尊い底本 三二三頁
原文
蓋言傳國之表物。
訓読
蓋し傳國の表物を言ふ。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
其の時に神武天皇が饒速日命に、お前も天つ神の子孫であると言ふならば、必ず其の証しがあるであらう。其の証しを見せよといふことを仰せられた。それで其の証したる所の弓箭があったのでありますが、其の弓矢を出して見せて、神武天皇のお持ちになって居るものと比べて頂いた所が、只今申すやうに神武天皇のお持ちになって居る方が非常に勝れたものであった。それで自ら進んで其の地方をお讓り申して、神武天皇の御臣下に列したといふのであります。
斯ういふやうに三種の神器といふものは固より、御先祖の神様のお心持をそれに表はして居るのであるから、これが謂はゆる神器として永く尊ばれるといふことになるわけであります。
解説
小林の一句が効いている。――「何物でもたゞの品物ではなく、其の物の中に心が籠つて居て初めて尊い」(前段冒頭)。
これは素行の「其の寄せ甚だ重し」(kd90)を正しく受けた読みである。神器が尊いのは金属として貴重だからではなく、そこに託された心があるからだ、という。
ただし。饒速日命の物語の筋そのものは、物の優劣で正統を決めるという形をとっている。「神武天皇のお持ちになって居る方が非常に勝れたものであつた。それで自ら進んで…讓り申して」――これは心の話ではなく、物の比べ合いの話である。
素行はそこには踏み込まず、「蓋し傳國の表物を言ふ」――要するに「国を伝えるしるし」の例だ――とだけ書いて切り上げている。この抑制が素行らしい。
皇統章 十神勅の深意 ── 鏡に顏を映すと共に、心をもこれに照らして見よ底本 三二三頁 欄外「神勅の深意」
原文
天照太神。手持寶鏡祝之。神勅至矣盡矣。
訓読
天照太神手に寶鏡を持ちて之を祝ぐ。神勅至れり盡せり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それからまた天照大神が鏡をお持ちになって、これを始終お側に置いて顔を映すと共に、心をもこれに依って照らして見よと仰せられたといふことは、洵に至れり尽せりの勅と申すべきであります。
無論神の裔である所の天皇に何等の過ちのおありになる筈はないのでありますけれども、併し一國をお治めになるといふことは大責任でありますから、過ちのない上にも尚更完全な行ひをなさるといふ御心で、常に自ら省みて鏡に心を照らして見よと、お教へをお遺しになったので、
解説
鏡の二重の読み。①顔を映す――外を見る道具。②心を照らす――内を見る道具。小林はこの二つを並べる。
神勅の原文は「吾が兒、此の寶鏡を視ること、當に吾を視るが猶くすべし」(前冊 kd68)であって、「心を照らせ」とまでは書いていない。これは後世の解釈である。
ただしこの解釈には長い伝統がある。中世神道以来、鏡を「明浄の心」の象徴と読む説が積み重なってきた。小林はその流れに立っている。原文にない、と切って捨てるのではなく、いつからどう読まれてきたかを見るほうがよい。
そして素行の「嚴鑑」――厳しい鑑――という語が、この読みを支えている。鑑(かがみ)は、見て気分よくなるためのものではない。
皇統章 十(承)聖主萬萬世の嚴鑑なり ── 過ちのない上にも尚更自ら省みる底本 三二三頁
原文
聖主萬萬世之嚴鑑也。
訓読
聖主萬萬世の嚴鑑なり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
また歴代の天皇も此の思召で、お徳が勝れていらつしやるが上にも、尚更自ら省みるといふことをお忘れにならない。これを以て國は永く栄えて参るのであります。
洵に此の事は萬世の後に至るまでも人の上に立つ者の御手本と申さなければならぬのであります。
解説
「嚴鑑」という語の重さ。素行は「萬萬世」と重ねて書いた。いつまでも、厳しく自らを照らす鑑である。
注目したいのは、素行がこれを「聖主」の嚴鑑としたことである。聖なる主にとってこそ厳しい――位が高いほど、鑑は厳しくなる。徳が高いから省みなくてよいのではなく、高いからこそ省みるという論法である。
小林の「お德が勝れていらつしやるが上にも、尚更自ら省みる」もこれを正しく受けている。この段は小林の側の美点に数えてよい。
そして小林は「人の上に立つ者の御手本」と、天皇に限らない一般的な形に開いている。次の kd97 で、それがはっきり臣下の話へ下りてくる。
皇統章 十一未だ敎學授受の名あらずと雖も ── 帝者治を爲すの學底本 三二四頁
原文
此時雖未有教學授受之名。謹讀此一章。以詳其義。則帝者爲治之學。唯在用力於此乎。
訓読
此の時未だ敎學授受の名あらずと雖も、謹みて此の一章を讀み、以て其の義を詳かにせば、則ち帝たる者治を爲すの學、唯だ力を此に用ふるに在るか。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
此の時は別に教へを伝へるとか、位を伝へるとかいふやうな、支那の書經や何かに現はれて居るのと同じ名称はないけれども、併し此の事柄をよく思ひ合せて見て、其の意義を明かにすると、帝王たる者が國を治めるといふ根本の心掛けは全くこゝにあるので、此の点に力を用ひて行けば國は必ず永く治まるのであります。
解説
「名はないが、実はある」という論法。素行は言葉がなかったことを率直に認める。「此の時未だ敎學授受の名あらず」――この時代には「教学」も「授受」もという語はなかった。
そのうえで、「謹みて此の一章を讀み、以て其の義を詳かにせば」――よく読んで意味をとれば、実質は同じだ、と言う。言葉の不在を認めたうえで、実質を論じる。これは素行の主題⑤――分からないものは分からないと書くと同じ誠実さの現れである。
「帝者治を爲すの學」。帝王が政治を行うための学問。素行にとって『中朝事實』は帝王学の書だった。この一句がそれを明示している。
皇統章 十一(承)異域堯舜禹受授の說も亦豈此に外ならんや ── 惟れ精惟れ一底本 三二四頁
原文
異域堯舜禹受授之說。亦豈外于此矣。
以上、天孫降臨。
訓読
異域の堯・舜・禹受授の說も亦豈に此に外ならんや。
以上、天孫降臨。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
支那の方では堯から帝位を舜に伝へ、舜から禹に伝へるといふやうな場合に、必ず後を受ける者に戒めを與へる。
例へば「惟れ精惟れ一、允に厥の中を執れ」といふのは、舜が禹に與へた戒めでありますが、無論勝れた人を選んで位を伝へるのであるけれども、それでも帝王となるといふことは大任であるといふ所から、更めて之に戒めを與へて、さうして位を伝へるといふことになって居ります。
此の意味も天照大神が皇孫に仰せられた勅の御趣意も畢竟一致して居るのであって、これだけに御心を用ひられるといふことでありまして、初めて萬民の上に立って其の任を全うされるといふことが出来るのであります。
解説
この一句は『中朝事實』のもう一つの顔である。
『中朝事實』は華夷の位置を入れ替える書として読まれてきた。だがここで素行は「異域の堯舜禹受授の說も亦豈此に外ならんや」――大陸の位の授受の説も、これと別のものではない――と書く。同じ原理で読めると言っているのである。
皇統章 その二(その二)以来くり返し見てきたとおり、素行は漢学の枠組みを捨てていない。捨てずに、その枠組みが指す中身を日本の古典で満たす。それが素行のやり方である。
惟精惟一、允執厥中を引いてくるのは小林の補いだが、これは適切である。位を譲るときに戒めを添えるという型は、たしかに両者に共通している。
「以上、天孫降臨。」――素行はここで一段を締める。次からは神武天皇である。
皇統章 十一(結)己れの責任を重んずる者は ── 何時でも自ら省み自ら戒める底本 三二四頁
原文
唯在用力於此乎。
訓読
唯だ力を此に用ふるに在るか。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
これは天皇の御位のことでありますから、吾々の如き臣下の者とは異ひますけれども、吾々臣下の間であっても、一つの大事な責任を負ふ場合に於ては、自ら深く省みるといふことを忘れてはならぬのであります。
無論多勢の人に尊敬されて、高い地位に居るのは、それだけの実力があるからでありますけれども、併し自分に実力があるからといって、仮りにもこれを恃んで自ら省みることを忽せにしますと、またどういふ過ちが起らぬとも言はれないのでありまして、己れの責任を重んずる者は、何時でも自ら省み自ら戒めるといふことを忘れないやうにするといふことが、最も肝要な義と思はれるのであります。
解説
講義の締めくくり。ここは素直に受け取ってよい。
小林はここで話を天皇の位から、聴衆自身の話へ引き下ろす。「吾々臣下の間であつても、一つの大事な責任を負ふ場合に於ては」――誰にでもあてはまる話として語り直している。
そして核心は「自分に實力があるからといつて、假りにもこれを恃んで自ら省みることを忽せにしますと、またどういふ過ちが起らぬとも言はれない」。実力を恃むな、という一句である。
皇統章 その三で議會を「異議を申すべきものではない」と書いた同じ人が、ここでは「実力を恃んで省みないと過ちが起こる」と書いている。この落差をそのまま見ておくことが、この講義本を読む上で一番大事なことだと思う。
——皇統章の前半(天孫降臨まで)はここで終わる。次冊から神武天皇の東征に入る。