自序 一蒼海に狃るる者
原文
恆觀滄海之無窮者、不知其大、常居原野之無畦者、不識其廣、是久而狃也、豈唯海野乎、愚生於中華文明之土、未知其美、專嗜外朝之經典、嘐嘐慕其人物、何其放心乎、何其喪志乎、抑好奇乎、將尚異乎、
訓読
恆に蒼海の窮りなきを觀る者は、その大たるを知らず。常に原野の畦なきに居る者は、その廣きを識らず。是れ久しくして狃るればなり。豈唯だ海野のみならんや。愚、中華文明の土に生れて、未だその美たるを知らず。專ら外朝の經典を嗜み、嘐嘐としてその人物を慕ふ。何ぞその心を放にせるや、何ぞその志を喪へるや。抑も奇を好むか、將た異を尚ぶか。
現代語訳
大海のはてしないさまをいつも眺めている者は、かえってその大きさが分からない。あぜ道ひとつない広野にいつも住んでいる者は、かえってその広さに気づかない。長く見慣れてしまえば、そういうものである。しかもそれは海や野に限った話ではない。この愚か者(素行自身)は、中華すなわち文明の土地である日本に生まれながら、そのすばらしさを知らずにきた。ひたすら外朝(中国)の経典ばかりを愛読し、口を大きくしてかの国の人物を慕ってきた。なんとおのれの心を野放しにしてきたことか。なんとおのれの志を見失ってきたことか。そもそも私は珍しいものを好んだのか、それとも異国のものを尊んだだけなのか。
解説
本書の出発点は、学問上の発見ではなく悔いである。素行はまず「見慣れると分からなくなる」という日常の理を二つの喩えで示し、それをそのまま自分の学問に当てはめる。海と野の喩えは、日本の美しさを見落としてきたのは日本が劣るからではなく、あまりに近すぎて見えなかったからだ、という論の運びを準備している。「嘐嘐」という『孟子』の語をあえて自分に向けて用いたところに、漢籍で身を立ててきた者が漢籍崇拝から離れようとする、この序文特有の緊張がある。
自序 二中國の水土は萬邦に卓爾たり
原文
夫中國之水土、卓爾於萬邦、而人物精秀于八紘、故神明之洋洋、聖治之綿綿、煥乎文物、赫赫武德、以可比天壤也、
訓読
夫れ中國の水土は萬邦に卓爾として、人物は八紘に精秀たり。故に神明の洋洋たる、聖治の綿綿たる、煥乎たる文物、赫赫たる武德、以て天壤に比すべきなり。
現代語訳
そもそもこの中國(日本)の水土は、あらゆる国々のなかで抜きんでており、人物は天下のどこよりも精秀である。だからこそ、神明のはたらきは満々とゆたかに、聖なる統治は絶えることなく綿々と続き、文物はあきらかに輝き、武徳は赫々と燃えている。それは天地そのものに比べうるほどのものである。
解説
前段の悔いを承けて、素行は一転して日本の卓越を宣言する。ここで押さえておきたいのは、素行の論拠が三つに整理されていることである。第一に水土(風土・地理)、第二に人物、第三に治教の連続(神明・聖治・文物・武德)。この三点はそのまま中國章の骨格になる。なお「中國」を日本の意で用いるのは本書の最大の特徴で、当時としてはきわめて大胆な語の奪還であった。
自序 三述作の由来と識語
原文
今歲謹欲紀皇統武家之實事、奈睡課之煩、纖闕之乏、未知武家之實紀、其成在冬十一月小寒後八日、先編皇統之小冊、令兒童誦焉、不忘其本矣、
寛文第九己酉除日之前二、涉筆於播陽之謫所、
訓読
今歲謹んで皇統と武家の實事を紀さんと欲すれども、睡課の煩はしく、纖闕の乏しき、事紀を奈せん。冬十一月小寒の後八日、先づ皇統の小册を編み、兒童をしてこれを誦みてその本を忘れざらしむ。
寛文第九己酉、除日の前二、播陽の謫所に於いて筆を涉る。
現代語訳
今年、つつしんで皇統と武家の事実を書き記そうとしたのだが、日々の務めは煩わしく、細かな資料は乏しくて、事紀の編述はどうにもならない。そこで冬十一月、小寒から八日ののちに、まず皇統についての小冊を編み、子どもたちにこれを読ませて、おのれの根本を忘れさせないようにした。
寛文九年己酉、大晦日の二日前、播州赤穂の配所において筆を執る。
解説
本書がどういう場で、誰に向けて書かれたかが明かされる。幕府の咎めを受けた配所での著述であり、しかも読者としてまず想定されているのは学者ではなく兒童――子どもたちである。「その本を忘れざらしむ」、すなわち自分の根がどこにあるかを忘れさせない、という教育の目的が、本書の平明な構成(章立てを立て、引用に按語を付す)を決めている。後に武家事紀として結実する構想の、いわば先発分冊がこの一書であった。
天先章 一天先づ成りて地後に定まる
原文
天先成、而地後定、然後、神明生其中焉、號國常立尊、
一書曰、高天原、所生神名、曰天御中主尊、
訓読
天先づ成りて而して地後に定まる。然して後に神明その中に生れます。國常立尊と號す。
一書に曰く、高天原に生れます神の名を天御中主尊と曰す。
現代語訳
天がまず成って、地はそののちに定まった。そうしてのちに、神明がその中に生まれられた。その神を國常立尊と申し上げる。
また一書にはこうある。高天原に生まれられた神の名を、天御中主尊と申し上げる。
解説
本書は『日本書紀』の一句から始まる。ここで素行が本文と一書とを並べて掲げたのは、単に丁寧なのではない。國常立尊の「常」と、天御中主尊の「中」――この二字を取り出すことが、天先章全体の狙いだからである。以下の按語は、この二つの尊号を「恆」と「中」という徳の名として読み解いていく。
天先章 二天は氣・地は形・人は二氣の精神
原文
謹按、天者氣也、故輕揚、地者形也、故重凝、人者、二氣之精神也、故位其中、凡天地人之生、元無先後、形氣神不可獨立也、天地人之成、未嘗無先後、蓋草昧屯蒙之間、聖神立于其中、悠久而不變、是所以尊其神、號國常立・天中也、
訓読
謹みて按ずるに、天は氣なり、故に輕く揚る。地は形なり、故に重く凝る。人は二氣の精神なり、故にその中に位す。凡そ天地人の生るるや、元先後なし。形・氣・神は獨り立つべからざればなり。天地人の成るや、未だ嘗て先後なくんばあらず。蓋し草昧屯蒙の間、聖神その中に立ち、悠久にして變ぜず。是れその神を尊びて國常立・天中と號する所以なり。
現代語訳
つつしんで考えてみるに、天は氣であるから、軽くして上に揚がる。地は形であるから、重くして凝り固まる。人は陰陽二つの氣の精神であるから、天と地の中に位置する。そもそも天・地・人が生まれるということには、もともと先も後もない。形と氣と神とは、どれか一つだけで独り立ちできるものではないからである。しかし天・地・人が成り整うということには、先後がなかったためしがない。思うに、天地開闢まもない未明のさなかに、聖なる神がその中に立たれて、はるかに久しく変わることがなかった。だからこそその神を尊んで、國常立・天中と申し上げるのである。
解説
ここは「生」と「成」を区別するのが要点である。生まれることには先後がない(形・氣・神は同時にしか存在しえない)が、成り整うことには先後がある。だから『書紀』が「天先づ成りて地後に定まる」と言うのは矛盾ではない、というのが素行の解き方である。そのうえで、開闢の混沌のただ中に立って動かなかった神の名に「常(恆)」と「中」があることを指摘する。日本の国体の変わらなさ(恆)と、かたよらなさ(中)とを、国の初めの神の名そのものが証している――これが本書全体の土台となる論証である。
天先章 三恆と中との義
原文
夫天道無息、而高明也、地道恆久、而厚博也、人道恆久、而無疆也、天得其中、而日月明、地得其中、而萬物載、人得其中、而天地位、恆中之義、萬代之神聖、所以正其祚也、二神之迹、今雖不可知焉、竊幸得聞恆中之二尊號、是本朝治教休明之實也、天下之治、恆久而萬物之情可以觀之、至誠無息、以制其中、體乃明也、政恆則不變、禮行則不犯、自國常立尊、迄伊弉諾伊弉冊尊、是謂神聖七代者也、
訓読
夫れ天道は息むなくして高明なり。地道は恆久にして厚博なり。人道は恆久にして疆りなきなり。天その中を得て日月明らかに、地その中を得て萬物載せ、人その中を得て天地位す。恆と中との義は、萬代の神聖その祚を正したまふ所以なり。二神の迹は今知るべからずと雖も、竊に幸にして恆中の二尊號を聞くを得たり。是れ本朝治教休明の實なり。天下の治は恆久にして、萬物の情觀るべし。至誠息まずして、以てその中を制す。體乃ち明らかなり。政恆なれば則ち變ぜず。禮行はるれば則ち犯さず。國常立尊より伊弉諾・伊弉冊尊に迄るまで、これを神聖七代と謂ふ者なり。
現代語訳
そもそも天の道は止むことがなくて高く明らかであり、地の道は恆に久しくて厚く広く、人の道は恆に久しくてきわまりがない。天はその中を得て日月が明らかであり、地はその中を得て万物を載せ、人はその中を得て天地の位が定まる。「恆」と「中」というこの意味こそ、万代の神聖がその皇位を正しくたもたれる根拠なのである。二神の事跡は今となっては詳しく知ることができないけれども、ひそかに幸いにも、私は「恆」と「中」という二つの尊号を聞くことができた。これこそ本朝の治教が明らかに輝いていることの証である。天下の治まりが恆久であることは、万物のありさまを見ればおのずと分かる。至誠は止むことがなく、それによってその中を保つ。すると本体はおのずから明らかである。政が恆常であれば変わることがなく、礼が行われていれば犯されることがない。國常立尊から伊弉諾・伊弉冊尊に至るまでを、神聖七代というのである。
解説
本書の主題文にあたる一節。素行は「恆」と「中」を、単なる神名の字ではなく、天・地・人それぞれに通じる普遍的な徳として展開する。天は息まず、地は恆久、人は無疆。そのそれぞれが「中」を得たときに、日月は明るく、万物は載り、天地は位を定める。ここで『中庸』の「至誠息まず」が引かれるのは重要で、素行は漢籍の概念そのものは捨てていない。捨てたのは「その概念を体現しているのは大陸だ」という前提である。恆と中の徳を最もよく体現しているのは日本であり、その証拠が万世一系の皇統だ――という論理が、ここで完成する。
天先章 四二神、國中の柱を巡りたまふ
原文
凡神神相生、乾坤之道、相化而已、所以成此男女者也、
伊弉諾尊伊弉冊尊、巡國中之柱、定男女之禮、生大八洲及海川山草木鳥獸魚虫、致蒼生之可食、教養蠶之道、生諸神、定其分、功既至、德亦大、靈運當還、寂然長隱者矣、
訓読
凡そ神相生れまして、乾坤の道相化す。所以にこの男女を成す者なり。
伊弉諾尊・伊弉冊尊、國中の柱を巡りて男女の禮を定め、大八洲及び海・川・山・草木・鳥獸・魚虫を生みまして、蒼生の食ふべきに致し、養蠶の道を教へたまひ、諸神を生みまして、その分を定めたまふ。功既に至りぬ。德も亦大なり。靈運當に還るべくして、寂然として長く隱れましき。
現代語訳
そもそも神々があいついで生まれられて、天地の道はたがいに化し合うばかりであった。その化し合いによって、この男女という二つのかたちが成ったのである。
伊弉諾尊・伊弉冊尊は、国中の柱をめぐって男女の礼を定め、大八洲および海・川・山・草木・鳥獣・魚虫を生み、人々が食べられるようにと取りはからい、養蚕の道を教え、多くの神々を生んでそれぞれの職分を定められた。功はすでに至り尽くし、徳もまた大きい。そうしてついに霊運が還るべきときが来て、静かに長く姿を隠された。
解説
二神の事績が、いわば建国の実業一覧として並べられる。注目したいのは並びの順である。男女の礼(人倫)→国土(大八洲)→自然(山川草木鳥獣)→食(蒼生の可食)→衣(養蚕)→官職(諸神の分)。礼が先で、産業が後という順序に、素行の関心がどこにあるかがよく表れている。
天先章 五二神の功業、萬世左袵を免る
原文
謹按、伊弉諾伊弉冊者、陰陽唱和之發語也、二神者陰陽之全集、故以奉此尊號也、蓋草昧悠久之間、天神生生之後、二神初立中國、而正男女之大倫、男女者陰陽之本、而五倫之始也、有男女、而後夫婦父子君臣之道立、二神終制大八洲、斂山川、導河海、草木種藝、鳥獸得處、人始得卒土、播五穀、植桑麻、而蒼生之衣食居足、既足則不無教戒、故命諸神聖、以有其境、二神之功業萬世、以免左袵、不顯哉、不承哉、
訓読
謹みて按ずるに、伊弉諾・伊弉冊は陰陽唱和の發語なり。二神は陰陽の全く集まるなり。故に以てこの尊號を奉れるなり。蓋し草昧悠久の間、天神生生の後に、二神初めて中國を立てて男女の大倫を正したまふ。男女は陰陽の本にして五倫の始なり。男女ありて後、夫婦・父子・君臣の道立つ。二神終に大八洲を制し、山川を斂め、河海を導き、草木は種藝し鳥獸は處を得、人は始めて卒土を得て、五穀を播き桑麻を植ゑ、而して蒼生の衣食居足る。既に足れば教戒なくんばあらず、故に諸の神聖に命じ以てその境を有たしめたまふ。二神の功業は萬世以て左袵を免るる所以なり。丕いに顯かなる哉、丕いに承くる哉。
現代語訳
つつしんで考えてみるに、伊弉諾・伊弉冊とは、陰と陽とが唱えあい和しあうことを表した名である。二神は陰陽がまったく集まったものであり、それゆえこの尊号をたてまつったのである。思うに、天地未明の悠久の時のあいだ、天神が次々に生まれられたのちに、二神がはじめて中國(日本)を立てて男女の大いなる倫を正された。男女は陰陽の根本であり、五倫の始めである。男女があってのち、夫婦・父子・君臣の道が立つ。二神はついに大八洲を治め、山川をおさめ、河海を導き、草木は植えそだてられ、鳥獣はおのおの居所を得、人ははじめて土地を得て、五穀をまき桑と麻を植え、こうして人々の衣食住が足りた。すでに足りたなら教えと戒めがなければならない。それゆえ多くの神聖に命じて、それぞれの境(くに)を保たせられた。二神の功業こそ、万世にわたって日本人が左袵(夷狄の風俗)を免れてきた理由である。なんと大いに明らかであることか、なんと大いに承け継がれてきたことか。
解説
「左袵を免る」の一句が、この章の結論である。『論語』で孔子が管仲を評した言葉――管仲がいなければ我々は夷狄の風俗になっていた――を、素行はそっくり伊弉諾・伊弉冊二神の功業に移し替えた。すなわち、大陸に管仲がいたように、日本には二神がいた。いや、二神の功業は管仲の一代の功どころではなく、万世にわたって日本を文明の側に置き続けている。漢籍の枠組みを使って漢籍中心主義を裏返すという本書の手法が、ここに最も鮮やかに現れている。
天先章 六天地生成の義を論ず
原文
以上論天地生成之義、謹按、天地者、陰陽之大極也、陰陽甚殊其用、而交其根、遠而近、近而遠、其形者有五、所謂木火土金水也、木火者陽也、而金水者陰也、土者兼其二、而位其中、陰必含陽、故水形柔也、陽必蘖陰、故火用烈也、陰必升、而陽必降、故升降亦不息也、專降則盈科、陽之升也、陰必從之、故火用然、金木者形也、水火者氣也、夫積氣之間、其精秀者爲日月星辰、而其動靜爲河漢風電、而有雲雨霜露雷之用也、夫地者、形滓之凝、以爲土也、其積也、不息而有山岳丘陵川河谷澤、是天地互交、以爲千態萬變也、陰陽無鑠、而有經緯、有一年一月、有一日十二時、有二十四氣、有七十二候、有日之長短、有時之寒暑、夫萬物之一在、而稟其精、致之則無不通、其德之明、盡之則無不感、其智之靈、模乾坤幽微之誠、以造歷象考時日、建萬世之教、然乃天地者、人倫之大原、而神聖者、天地之性心也、人君仰觀俯察、以正上下、定尊卑、致其智、而明其德、然后可參天地、
訓読
以上は天地生成の義を論ず。謹みて按ずるに、天地は陰陽の大極なり。陰陽は甚だその用を殊にして、互にその根を交ふ。遠くして近く、近くして遠し。その形するところ五つあり、所謂木火土金水なり。木火は陽にして金水は陰なり。土はその二つを兼ねて而もその中に位す。陰は必ず陽を含む、故に水の形は柔かなり。陽は必ず陰を蘖す、故に火の用は烈し。陰は必ず升り、陽は必ず降る、故に升降も亦息まざるなり。夫れ積氣の間、その精秀なるは日月星辰となり、その動靜は河漢風電となりて、雲雨・霜露・雷の用あり。夫れ地は形滓の凝りて以て土となるなり。その積むや、息まずして山岳・丘陵・川河・谷澤あり。これ天地互に交りて以て千態萬變を爲すなり。陰陽鑠なくして而も經緯あり。一年に一月あり、一日に十二時あり、二十四氣あり、七十二候あり、日の長短あり、時の寒暑あり。夫れ萬物の一に在りて、その精を稟く。これを致むれば則ち通ぜざるなし、その德の明らかなるや。これを盡くせば則ち感ぜざるなし、その智の靈なるや。乾坤幽微の誠を模し、以て歷象を造り時日を考へ、萬世の教を建つ。然れば乃ち天地は人倫の大原にして、神聖は天地の性心なり。人君仰ぎて觀、俯して察し、以て上下を正し尊卑を定め、その智を致めその德を明らかにし、然る后に天地に參たるべし。
現代語訳
以上は天地生成の意味について論じたものである。つつしんで考えてみるに、天地とは陰陽の極まりである。陰と陽とははたらきをまったく異にしながら、たがいにその根を交えている。遠いようで近く、近いようで遠い。そのかたちをとったものが五つあり、いわゆる木・火・土・金・水である。木と火は陽、金と水は陰であり、土はその二つを兼ねて中に位置する。陰は必ず陽を含むから、水のかたちは柔らかい。陽は必ず陰をきざすから、火のはたらきは烈しい。陰は必ずのぼり陽は必ずくだるから、昇降もまた止むことがない。積み重なった氣のなかで、その精秀なものは日月星辰となり、その動きと静けさは天の川や風や稲妻となって、雲・雨・霜・露・雷のはたらきが現れる。地とは、形あるもののかすが凝って土となったものである。それが積み重なって止まないところに、山岳・丘陵・川河・谷沢がある。これは天と地とがたがいに交わって千態万変をなすのである。陰陽は尽きることがなく、しかもそこには経緯(たていと・よこいと=秩序)がある。一年には月があり、一日には十二の時があり、二十四の氣があり、七十二の候があり、日の長短があり、季節の寒暑がある。そもそも万物はこの一つのなかにあって、その精をうけている。これをきわめれば通じないものはない――その徳の明らかさよ。これを尽くせば感じないものはない――その智のはたらきよ。天地のかすかな誠をかたどって暦象を造り時日を考え、万世の教えを立てる。とすれば天地こそ人倫の大本であり、神聖こそ天地の性であり心なのである。人君たる者は、仰いで天を観、俯して地を察し、それによって上下を正し尊卑を定め、その智をきわめその徳を明らかにし、そうしてのちに天地と並び立つ三者の一つとなるべきである。
解説
章の締めくくりとして、素行は陰陽五行による自然学をひととおり述べる。現代の眼にはやや冗長にも見えるが、これは「日本が中國である」という主張を、恣意的な国粋論ではなく、天地の理から導かれた結論として示すための土台である。結語の「天地は人倫の大原、神聖は天地の性心」「人君は仰ぎ観、俯し察して……然る後に天地に參たるべし」は、『易』繋辞伝と『中庸』の天地参賛の思想をそのまま用いたもの。ここでも素行は漢籍の論理を使い切ったうえで、その論理が指し示す先を日本に置いている。