| 色つきの文字=一書(異伝)の注記(タップ/ホバーで説明)

日本書紀 神代上(一)

巻第一 全20段 本文(正文)のみ 訓読・ふりがな・現代語訳付き ── 天地開闢から素戔嗚尊追放まで

この読本について

『日本書紀』巻第一「神代上」の本文(正文)を、底本として一般に公開されている原文サイト(https://www.seisaku.bz/nihonshoki/shoki_01.html 底本:岩波古典文学大系本)と照合しながら、訓読文に総ルビ(歴史的仮名遣い)を付し、現代語訳を添えて収めています。『日本書紀』は同じ場面について「一書に曰く」として多くの異伝を並記する構成を取りますが、本読本ではまず地の文(正文)の筋だけを通しで読めるようにし、一書の存在する箇所には紫色の注記(タップ/ホバーで説明)を付けました。異伝の全文はいずれ別ファイルで扱う予定です。今回は天地開闢から、伊弉諾尊・伊弉冉尊による国生み、黄泉訪問、三貴子の誕生、そして素戔嗚尊が父神に追放されるところまでを収めています。素戔嗚尊が高天原で様々な乱行に及んで天照大神が天の石屋にお隠れになる件(いわゆる天岩戸の段)以降は、続編『日本書紀 神代上(二)』にて扱っています。訓読・ふりがなは新たに書き起こしたものであり、読み誤りが残る場合はお知らせいただければ随時修正します。「縦書き表示」では各段がカードで縦組み表示されます。

色分けの凡例

一書(異伝)が存在する箇所の注記

主要語彙集

尊・命(みこと)
神や高貴な人物の名に付す敬称。至って貴い神を「尊」、その他を「命」と書き分けるが、いずれも「みこと」と読む。
神世七代(かみのよななよ)
国常立尊から伊弉諾尊・伊弉冉尊に至る七代の神々。本文には国常立尊ら最初の三神のみ名が挙げられ、中間の五代は一書にのみ名が見える。
大八洲国(おおやしまくに)
伊弉諾尊・伊弉冉尊が生んだ八つの島(淡路・大日本豊秋津・伊予二名・筑紫・億岐と佐度・越・大洲・吉備子洲)から成る国。日本国土の総称として用いられる。
一書(あるふみ)
『日本書紀』の編者が、本文(正文)と並べて注記した異伝・別伝。同じ場面について複数の一書が並ぶことが多く、神代上には特に集中する。
根国(ねのくに)
伊弉冉尊が去った黄泉国と関わりの深い、地下または遠い異郷とされる国。素戔嗚尊が恋い慕う母のいます国として語られる。
高天原(たかまのはら)
天照大神が治めるとされる天上の世界。

登場神紹介

国常立尊(くにのとこたちのみこと)神世七代の最初の神
天地開闢の直後、葦の芽のような形から化生した最初の神。至って貴い神として「尊」の字を用いる。
伊弉諾尊(いざなきのみこと)神世七代の最後・国生みの男神
伊弉冉尊とともに大八洲国を生んだ男神(陽神)。黄泉国に妻を訪ね、後に禊によって天照大神・月読尊・素戔嗚尊を生む。
伊弉冉尊(いざなみのみこと)国生みの女神
伊弉諾尊とともに大八洲国を生んだ女神(陰神)。火の神軻遇突智を生んだことで亡くなり、黄泉国の主となる。
天照大神(あまてらすおおみかみ)日の神・高天原の主
伊弉諾尊の禊で左目から生まれた(あるいは国生みの後に生まれた)日の神。高天原を治める。
月読尊(つきよみのみこと)月の神
伊弉諾尊の禊で右目から生まれた月の神。青海原の潮を治める。
素戔嗚尊(すさのおのみこと)天下を治めるべき神
伊弉諾尊の禊で鼻から生まれた神。天下の統治を命じられるが、母を恋うて泣き続け、父神に追放される。この続きの乱行と天岩戸の段は次編で扱う。

第一段天地開闢
いにしへに、天地あめつちいまわかれず、陰陽めをとわかれざりしとき、渾沌こんとんれたること鷄子とりのこごとくにして、溟涬くらぼやかにしてきざしふくめり。あきらけきもの薄靡たなびきてあめり、おもにごれるもの淹滯つつゐつちるにおよびて、精妙くはしくたへなるがへるはむすやすく、重濁おもくにごれるがれるはきはまりかたし。かれあめりて、つちのちさだまる。
現代語訳
まだ天と地が分かれず、陰陽の別もなく、鶏の卵のように渾然と混じり合い、ほのぐらく兆しだけを含んでいた昔のこと。澄んで明るいものはたなびいて天となり、重く濁ったものは滞って地となったのだが、澄んだものが凝り固まるのは早く、重く濁ったものが凝り固まるのは遅かった。それゆえ、天が先にでき、地は後になって定まった。

第二段三神の化生
しかのちに、神聖かみなかりき。かれふ、開闢ひらけはじめ洲壤くにつちさまよへること、なほ游魚あそぶうを水上みなうへけるがごとしと。とき天地あめつちなか一物ひとつのものれり。かたち葦牙あしかびごとくして、便すなはりてかみる。國常立尊くにのとこたちのみことなづく。きはめてたふときをみことひ、自餘そのほかみことふ。ならびうるはしくぐるをむなり。しもみなこれならへ。つぎ國狹槌尊くにのさづちのみことつぎ豐斟渟尊とよくむぬのみことすべ三神みはしらのかみなり。乾道けんどうひとれるをもつて、これ純男ひたますらお所以ゆゑなり。
現代語訳
天と地が分かれた後、その中に神々が生まれた。開闢の初め、大地はまだ浮き漂い、水面に浮かぶ魚のようであったという。そのとき天地の中に一つの物が生じた。形は葦の芽のようで、それがそのまま神へと化した。名を国常立尊くにのとこたちのみことという。至って貴い神を「尊」、その他を「命」と呼ぶが、いずれも「みこと」と読む(以下すべて同様)。続いて国狹槌尊、豊斟渟尊が生まれ、合わせて三柱の神となった。これらは男女の交わりによらず独りで生じた神であるため、いずれも男性の神とされる。

第三段神世七代
すべ八神やはしらのかみなり。乾坤あめつちみちあひまじはりてれるをもつて、これ男女所以ゆゑなり。國常立尊くにのとこたちのみことより伊弉諾尊いざなきのみこと伊弉冉尊いざなみのみこといたるまで、これ神世七代かみのよななよふ。
現代語訳
(続く神々は)合わせて八柱の神である。これらは天と地の道理が交わり合って生じたので、それぞれ男女の対をなす神となった。国常立尊から伊弉諾尊・伊弉冉尊までを、あわせて「神世七代」と呼ぶ。

第四段天の浮橋と磤馭慮嶋
伊弉諾尊いざなきのみこと伊弉冉尊いざなみのみことあめ浮橋うきはしうへちて、ともはかりてのたまはく、「底下そこに、あにくにけんや」とのりたまひて、すなはあめ瓊矛ぬぼこもつて、おろしてこれさぐりたまふに、滄溟あをうなばらたまふ。ほこさきより滴瀝したたしほりて一嶋ひとつのしまる。づけて磤馭慮嶋おのころじまふ。
現代語訳
伊弉諾尊と伊弉冉尊は、天の浮橋の上に立って共に相談し、「この下に国がないはずはあるまい」と仰せられた。そこで天の瓊矛(玉飾りの矛)を海面へ差し下ろして探られると、大海原(滄溟)に触れた。矛の先から滴り落ちる潮が凝り固まって一つの島となった。これを磤馭慮嶋おのころじまと名づけた。

第五段天の御柱と美斗の誓(一度目)
二神ふたはしらのかみここに、しまくだりて、りてとも夫婦をうとめりて洲國くにぐにさんとおもほす。便すなは磤馭慮嶋おのころじまもつ國中くになかみはしらして、陽神をがみひだりよりめぐり、陰神めがみみぎよりめぐりて、くにみはしらめぐりて、とも一面ひとつおもてひたまふ。とき陰神めがみみことのべしてのたまはく、「あなにやしゑ、可美えを少男をとこへり」とのりたまふ。
現代語訳
二神はこの島に降り立ち、ここで夫婦となって多くの国を生もうとされた。そこで磤馭慮嶋を国の中心の柱として、陽神(伊弉諾尊)は左から、陰神(伊弉冉尊)は右から柱を巡り、同じところで再び顔を合わせた。その時、まず陰神(女神)が先に声をかけて、「ああ、なんと素晴らしい男に会えたことでしょう」と仰せられた。

第六段巡り直し(二度目)
陽神をがみよろこびたまはずしてのたまはく、「われ男子をとこなり。ことわりまさみことのべすべし。如何いかに婦人めのひとかへりてことへるや。ことすで不祥さがなし。よろしくあらためてめぐるべし」とのりたまふ。ここに、二神ふたはしらのかみかへりてさら相遇あひあひたまふ。たびや、陽神をがみみことのべしてのたまはく、「あなにやしゑ、可美えを少女をとめへり」とのりたまふ。
現代語訳
陽神(男神)はこれを喜ばず、「私は男である。道理として、男が先に声をかけるべきであろう。どうして女であるお前が先に言葉を発したのか。これは良くない前兆である。改めて柱を巡り直すべきだ」と仰せられた。そこで二神は戻ってもう一度巡り合われた。今度は陽神が先に、「ああ、なんと素晴らしい女に会えたことでしょう」と声をかけられた。

第七段国生み(大八洲)
りて陰神めがみひてのたまはく、「いましは、いかなるれるところるや」とのりたまふ。こたへてまをさく、「ひとつの雌元めもとところり」とまをす。陽神をがみのたまはく、「にもまた雄元をもとところり。元處もとところもつて、いまし元處もとところはせんと思欲おもほす」とのりたまふ。ここに、陰陽めをとはじめて遘合みとあたはしして夫婦をうとめる。ときいたるにおよびて、淡路洲あはぢのしまもつえなとす。こころよからざるところなれば、かれづけて淡路洲あはぢのしまふ。すなは大日本豐秋津洲おほやまととよあきづしまみたまふ。つぎ伊豫二名洲いよのふたなのしまみたまふ。つぎ筑紫洲つくしのしまみたまふ。つぎ億岐洲おきのしま佐度洲さどのしまとをふたごみたまふ。つぎ越洲こしのしまみたまふ。つぎ大洲おほしまみたまふ。つぎ吉備子洲きびのこじまみたまふ。これりて、はじめて大八洲國おほやしまくにこれり。
現代語訳
そこで陽神は陰神に「そなたの身には、どのようになっている所があるか」と尋ねられた。陰神は「私の身には一つ、女の元となる所があります」と答えた。陽神は「私の身にも男の元となる所がある。私のその元の所を、そなたの元の所に合わせたいと思う」と仰せられた。こうして陰陽の神は初めて交わり、夫婦となられた。いよいよ子を産む時になって、まず淡路洲を胞(胎盤)として生んだが、思うようにいかなかったので、これを淡路洲あはぢのしまと名づけた。続いて大日本豊秋津洲おほやまととよあきづしまを生み、次に伊予二名洲いよのふたなのしま、次に筑紫洲つくしのしまを生み、次に億岐洲おきのしま佐度洲さどのしまを双子として生み、次に越洲こしのしま、次に大洲おほしま、次に吉備子洲きびのこじまを生んだ。これによって、初めて「大八洲国」という国号が起こった。

第八段山川草木の神
つぎうみみたまふ。つぎかはみたまふ。つぎやまみたまふ。つぎおや句句廼馳くくのちみたまふ。つぎくさおや草野姫かやのひめみたまふ。
現代語訳
続いて海を生み、川を生み、山を生み、木々の祖神である句句廼馳くくのちを生み、草の祖神である草野姫かやのひめ(別名、野槌)を生まれた。

第九段日神(大日孁貴)の誕生
すでにして伊弉諾尊いざなきのみこと伊弉冉尊いざなみのみことともはかりてのたまはく、「あれすで大八洲國おほやしまくにおよ山川草木やまかはくさきみつ。なに天下あめのしたきみたるものまざらんや」とのりたまふ。ここに、とも日神ひのかみみたまふ。なづけて大日孁貴おほひるめのむちふ。
現代語訳
やがて伊弉諾尊・伊弉冉尊は共に話し合い、「われらはすでに大八洲国と山や川、草木を生んだ。どうして天下を治める主たる神を生まないでいられようか」と仰せられた。そこで共に日の神をお生みになった。名を大日孁貴おほひるめのむち(後の天照大神)という。

第十段月神・蛭児・素戔嗚尊の誕生
つぎつきかみみたまふ。一書光彩ひかりげり。もつまがへてをさむべし。かれまたこれあめおくりたまふ。つぎ蛭兒ひるこみたまふ。すで三歳みとせなるに、あしなほたず。かれこれあめ磐櫲樟船いはくすぶねせて、順風まにまにはなてたまふ。つぎ素戔嗚尊すさのをのみことみたまふ。
現代語訳
続いて月の神をお生みになった。ある書には「月弓尊、月夜見尊、月読尊」ともいう。その光の美しさは日の神に次ぐもので、日と並んで世を治めるべきものであった。そこでこの神もまた天に送られた。次に蛭児ひるこをお生みになったが、すでに三歳になっても脚が立たなかった。そこで天の磐櫲樟船(岩のように堅固な樟の船)に乗せて、風の吹くままに流し捨てられた。次に素戔嗚尊をお生みになった。

第十一段軻遇突智の誕生とイザナミの死
つぎかみ軻遇突智かぐつちみたまふ。とき伊弉冉尊いざなみのみこと軻遇突智かぐつちために、かれてみまかりたまふ。みまからんとするあひだに、こやしながらつちかみ埴山姫はにやまひめおよみづかみ罔象女みつはのめみたまふ。
現代語訳
次に火の神・軻遇突智かぐつちをお生みになった。ところが伊弉冉尊は、この軻遇突智のために焼かれてお亡くなりになった。まさに亡くなろうとするその間にも、臥せりながら土の神・埴山姫はにやまひめと、水の神・罔象女みつはのめとをお生みになった。

第十二段イザナキ、黄泉を訪ねる
しかのちに、伊弉諾尊いざなきのみこと伊弉冉尊いざなみのみことひて、黄泉よみりてこれひ、ともかたりたまふとき伊弉冉尊いざなみのみことのたまはく、「夫君つまみことなにますことおそきや。あれすでよみかまどものくらひつ。しかれども、あれまさ寢息いねなんとす。こひまつらくはこれることかれ」とのりたまふ。
現代語訳
その後、伊弉諾尊は伊弉冉尊を追って黄泉の国に入り、追いついて共に語り合われた。その時伊弉冉尊は、「わが夫の君よ、なぜこんなに遅くいらしたのですか。私はすでに黄泉の竈で作られたものを食べてしまいました。とはいえ、これから休みますので、決して私を見ないでください」と仰せられた。

第十三段見るなの禁を破る
伊弉諾尊いざなきのみこときたまはずして、ひそかに湯津爪櫛ゆつつまぐしりて、雄柱をばしらりて、秉炬たひとしてたまへば、すなはうみむしたかれり。
現代語訳
しかし伊弉諾尊はこれを聞き入れず、ひそかに湯津爪櫛ゆつつまぐし(神聖な櫛)を手に取り、その太い歯を引き折って火をつけ、それを灯りとして覗き見てしまった。すると、そこにあったのは膿が沸き、蛆虫がたかった伊弉冉尊の姿であった。

第十四段黄泉からの逃走
とき伊弉諾尊いざなきのみことおほいにおどろきたまひてのたまはく、「あれおもはざるに、不須也凶目いなしこめ汚穢きたなくにいたれり」とのりたまひて、すなはいそはしかへかへりたまふ。とき伊弉冉尊いざなみのみことうらみてのたまはく、「なにかななめしこともつゐずして、あれ恥辱はぢむるや」とのりたまひて、すなは泉津醜女よもつしこめ八人やたりつかはして、これとどめしめたまふ。かれ伊弉諾尊いざなきのみことたちそびらりてもつげたまふ。りて黑鬘くろかつらちたまへば、すなはりて蒲陶えびる。醜女しこめくらふ。くらをはりてすなはさらふ。伊弉諾尊いざなきのみことまた湯津爪櫛ゆつつまぐしちたまへば、すなはりてたかむなる。醜女しこめまたもつくらふ。くらをはりてすなはさらふ。
現代語訳
伊弉諾尊は大いに驚いて、「私は思いもかけず、いとわしく汚れた国に来てしまった」と仰せられ、すぐに走って引き返された。すると伊弉冉尊は恨んで、「なぜ約束の言葉を守らず、私に恥をかかせたのですか」と仰せられ、黄泉の醜女八人を遣わして追わせた。そこで伊弉諾尊は剣を抜いて後ろに振りながら逃げられた。その途中、黒い鬘(かずら、髪飾り)を投げると、それが葡萄に変わった。醜女たちはこれを見て取って食べ、食べ終わるとまた追いかけた。伊弉諾尊がさらに湯津爪櫛を投げると、それが筍に変わった。醜女たちはまたこれを引き抜いて食べ、食べ終わるとまた追いかけた。

第十五段千引の岩と絶妻の誓い
かれ便すなは千人ちびとところ磐石いはもつて、坂路さかみちふさぎて、伊弉冉尊いざなみのみことあひむかひてちて、つい絶妻ことわたりうけひてたまふ。とき伊弉冉尊いざなみのみことのたまはく、「うつくしきつまきみことくのごとくなるは、あれまさいましをさむるところくにたみを、千頭ちがしらくびころさんとす」とのりたまふ。伊弉諾尊いざなきのみことすなはこれこたへてのたまはく、「うつくしきなにもことくのごとくなるは、あれすなはまさ千五百頭ちいほがしらまん」とのりたまふ。
現代語訳
そこで千人がかりで引くほどの大岩でその坂道を塞ぎ、伊弉冉尊と向かい合って立ち、ついに夫婦の縁を絶つ誓いを立てられた。その時伊弉冉尊は、「愛しいわが夫の君よ、そのようにおっしゃるのなら、私はあなたが治める国の民を、一日に千人ずつ縊り殺しましょう」と仰せられた。伊弉諾尊はこれに答えて、「愛しいわが妹よ、そのようにおっしゃるのなら、私は一日に千五百人ずつ産みましょう」と仰せられた。

第十六段投げ棄てた品々から生まれた神々
りてのたまはく、「これよりぐるかれ」とのりたまひて、すなはつゑちたまふ。れを岐神ふなとのかみふ。またおびちたまふ。れを長道磐神ながちはのかみふ。またみそちたまふ。れを煩神わづらひのかみふ。またはかまちたまふ。れを開囓神あきぐいのかみふ。またくつちたまふ。れを道敷神ちしきのかみふ。
現代語訳
そして、「これより先には来てはならない」と仰せられ、そのまま杖を投げられた。これを岐神ふなとのかみ(道の分かれの神)という。また帯を投げられた。これを長道磐神ながちはのかみという。また衣を投げられた。これを煩神わづらひのかみという。また袴を投げられた。これを開囓神あきぐいのかみという。また履物を投げられた。これを道敷神ちしきのかみという。

第十七段筑紫日向での禊祓
伊弉諾尊いざなきのみことすでかへりて、すなはひていたまひてのたまはく、「あれさき不須也凶目いなしこめ汚穢きたなところいたれり。かれまさ濁穢にごりきたなきあらつべし」とのりたまひて、すなはきて、筑紫つくし日向ひな小戸をどたちばな檍原あはきはらいたりて秡除はらへし、ついきたなところ盪滌あらひのごはんとして、すなは興言のりたまひてのたまはく、「かみいたはやし、しもいたゆるし」とのりたまひて、便すなはこれなかあらひたまふ。
現代語訳
伊弉諾尊はすでに黄泉から戻られたが、後になって悔やまれ、「私は先ほど、いとわしく汚れた所に行ってしまった。だから、この身の濁り汚れを洗い流さなければならない」と仰せられた。そして筑紫つくし日向ひな小戸をどたちばな檍原あはきはらに行って祓えを行い、身の汚れをすっかり洗い清めようとして、「上流の瀬は流れが速すぎる、下流の瀬は流れが弱すぎる」と仰せられ、そこで中流の瀬で身を洗われた。

第十八段三貴子の誕生
しかのちに、ひだりまなこあらひたまふに、りてかみみたまふ。なづけて天照大神ふ。またみぎりまなこあらひたまふに、りてかみみたまふ。なづけて月讀尊つきよみのみことふ。またはなあらひたまふに、りてかみみたまふ。なづけて素戔嗚尊すさのをのみことふ。すべみはしらかみなり。
現代語訳
その後、左の目を洗われたところ、そこから神がお生まれになった。これを天照大神と名づける。また右の目を洗われたところ、神がお生まれになった。これを月読尊と名づける。また鼻を洗われたところ、神がお生まれになった。これを素戔嗚尊と名づける。合わせて三柱の神である。

第十九段三子への分治の勅
すでにして、伊弉諾尊いざなきのみことみはしらみこみことのりしてよさしたまひてのたまはく、「天照大神あまてらすおほみかみは、高天原たかまのはらをさむべし。月讀尊つきよみのみことは、滄海原あをうなばらしほ八百重やほへをさむべし。素戔嗚尊すさのをのみことは、天下あめのしたをさむべし」とのりたまふ。
現代語訳
それから伊弉諾尊は、三柱の御子にそれぞれ治めるべき領分を仰せつけられた。「天照大神は高天原たかまのはらを治めよ。月読尊は青海原の潮の八百重やほへ(幾重にも重なる波)を治めよ。素戔嗚尊は天下(地上の国土)を治めよ」と仰せられた。

第二十段素戔嗚尊の慟哭と追放
とき素戔嗚尊すさのをのみことすでけて、また八握やつか鬚髯ひげひたるに、しかれども天下あめのしたをさめずして、つねいさちていかうらみたまふ。かれ伊弉諾尊いざなきのみことこれひてのたまはく、「いましなにゆゑつねくや」とのりたまふ。こたへてまをさく、「あれいろは根國ねのくにしたがはんとおもふ。ただくのみす」とまをす。伊弉諾尊いざなきのみことこれにくみてのたまはく、「こころまかせてくべし」とのりたまひて、すなはこれひたまふ。
現代語訳
この頃、素戔嗚尊はすでに成人し、八握りもの長い鬚髯を生やしていたが、それでも天下を治めることをせず、いつも激しく泣き、いきり立って恨みを抱いていた。そこで伊弉諾尊が「お前はどうしていつもそのように泣くのか」と問われると、素戔嗚尊は「私は母上(伊弉冉尊)のいらっしゃる根の国へ行きたいと思うのです。ただそれで泣いているのです」と答えた。伊弉諾尊はこれを憎んで、「それならば思うままに行くがよい」と仰せられ、そのまま素戔嗚尊を追放された。